神童勇者とメイドおねえさん

望公太/MF文庫J編集部

プロローグ

 英雄になろうと考えたわけではない。

 勇者と呼ばれたかったわけではない。

 富や名声を求めていたわけではない。

 見返りを期待していたわけではない。


 ただ、みんなを救いたかった。


 悪いやつらを全部倒せば、世界が救われると思っていた。

 魔王を倒せば、世界が平和になると思っていた。

 ただ、人々を守りたかった。

 自分にはそれができるだけの力がある。

 だから、世界を救わねばならない。

 そんな純粋な願いを抱いた少年が、この世界に一人いた。

 少年の名は──シオン・ターレスク。

 彼は天才だった。

 あまりに天才だった。

 行きすぎたくらいに、踏み越えたぐらいに、天才だった。

 魔術や武術の才に恵まれ、幼少期より頭角を現し、大陸最大の国家──ロガーナ王国の王都にて神童とうたわれた。

 年が二桁になる前に、王都のどんな大人よりも強くなっていた。王国最強のあかしである『勇者』の称号を、わずか10歳という年齢で国王より賜った。

 幼き身には過ぎた力を持ちながら、しかし彼はまっすぐな心を持っていた。才能に溺れず厳しい修行を重ね、民を救うべく戦いに身を投じた。

 己の力は世界を救うためにあるのだと、シオンは心から信じ切っていた。

 実際──それは、間違いではなかったのだろう。

 諸悪の根源たる魔王をシオンが討ち滅ぼしたことにより、長らく続いた人と魔族の大戦は、人類側の勝利で幕を下ろした。

 当時シオンは──10歳。

 早熟すぎた一人の天才少年によって、この世界は救われた。

 少年は、確かにこの世界を守った。

 しかし。


 世界の方は、少年を救ってはくれなかった。


 少年が守った世界は、少年を守ってはくれなかった。

 奪われた。

 少年は──全てを奪われた。

 勇者の称号も、約束された地位も、世界を救った名誉も、全ては他者に横取りされた。

 本来ならば救世の英雄と呼ばれ、神にも等しい存在としてあがたてまつられるはずだったのに──さげすまれ、忌み嫌われ、迫害され、石を投げつけられる存在へとちた。

 全てを失い、何者でもなくなった少年は、辺境の森での孤独な暮らしを強いられる。

 ただ広いだけの屋敷で、一人目覚め、一人眠るだけ。

 生きているのか死んでいるのかもわからない、しかばねのような生き方。

 誰かと触れ合いたかったが、人里には降りられぬ事情があった。

 いっそ死んでしまおうかとも思ったが、死ねない事情があった。

 死ぬことすらも許されぬ、呪いじみたえいごうの孤独──

 だから、だろうか。

「お前達」

 いんとんを始めてから、一年がった頃──

 屋敷を訪れた四人の女に、シオンはこんなことを言ってしまった。

「ここで、僕と一緒に暮らさないか?」

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