第一章 元勇者は一人では眠れない 6
『聖剣メルトール』。
はるか昔、まだ神々が地上にいた頃、神々が人間に与えたとされる武具──古代の神々の恩恵により規格外の威力を発揮する秘宝は、俗に聖剣と呼ばれる。
ロガーナ王国には、代々伝わる三つの聖剣がある。質量を
そして──距離を掌握する『聖剣メルトール』。
別名『間合い殺し』とも呼ばれる剣で、この剣を所有した者にとって、距離という概念は意味をなくす。
要するに──視界の全てが間合いとなる。
所有者が斬りたいと願いながら剣を振れば、斬撃は空間を跳躍して対象へと向かう。
たとえるならば、一枚の風景画に、筆で一本線を引くようなもの。
三次元的な空間を──二次元的に切り裂く剣。
この世界から奥行きを根こそぎに奪う剣は、視界の全てを単なる平面のように切りつけることが可能となる。
「がははっ! どうだよ、クソガキ! 聖剣の威力はよ!? って、もう聞こえちゃいねえか。がははは!」
『メルトール』を片手に持ったまま、ガーレルは高らかに笑った。剣に巻き付いていた布は
美しく神々しい。
聖の字を冠するに
「たまんねえなあ、おい。この剣さえありゃあ、俺は無敵だぜ!」
美しい刀身を、なにかに
彼の仲間であった『
もう、いらないと思ったから。
この剣さえあれば、自分には仲間などいらない。
全ての手柄を、あらゆる戦果を、独り占めできる。
もはや恐れるものなど、なにもない──
「どうだ、お姉ちゃん達! てめえらのチビ主人は、無様に死んじまったぜ? 同じ目に遭いたくなきゃ、大人しく俺のメイドになりな!」
恐怖を忘れた瞳で、この世全てを掌握したかのような尊大な態度で、ガーレルはメイド達へと声をかけるが──
「──ひぃっ!?」
気づけば、ガーレルは地面に尻もちをついていた。戦慄が全身を駆け抜け、心臓を直接
恐怖が。
「あ、ああ……」
パクパクと魚のように口を開閉させ、異形へと変貌した四人の女性を
「貴様ぁ……よくも、よくも、シオン様を……!」
「フーッ、フーッ……!」
明るく笑っていたメイドは──
「……ぶっ殺す」
「下郎が……! 己の罪を地獄で悔いろ……!」
四者四様──否、四者四妖とでも表現すべきか。
それぞれがまるで異なる異形へと変貌した四人のメイド達──
(な、なんだ、こいつらは……!? ま、魔族なのか……?)
未知の恐怖に
彼女らの
(確か……
太陽を
神を呪い、暗黒の闇に
東方諸国家を支配し、
それぞれが伝説級の超高位魔族。
悪名高き四人の女魔族は『
「ひ、ひぃい……な、なんで……魔王の側近が、こんなところに……」
四人の暴虐的な魔力に触れたガーレルには、もはや戦意など
しかしそんな彼を見ても、四人のメイド達の怒りは収まらない。
腰を抜かした敵を前に、暴れ狂う殺気のままに攻撃を仕掛ける──その、寸前だった。
「落ち着け、お前達」
声が。
幼い少年の声が響いて、四人のメイドは動きを止めた。
「騒ぐほどのことじゃない。ただ──首を
響き渡る声に、ガーレルは慌てて周囲を見渡す。
「バカな……なんで、あのガキの声が──ひっ。うわあああ!」
すでに恐怖のドン底にいた彼を、さらなる恐怖が襲った。
いた。
さっき自分が殺した少年──シオンと呼ばれた少年がいた。その声は、
ただし。
地面に転がっている少年の、生首についた口から──
「やれやれ……油断したな」
頭だけとなった少年は、しかし平然と言葉を紡ぐ。
「いくら『聖剣メルトール』の攻撃とは言え、あの程度をよけられないとはな。この二年、戦いから遠ざかっていたせいで、感覚がすっかりと鈍っていたらしい。それに」
こんな体になってからというもの。
どうも危機感や防御意識が薄くなっている。
と。
独り言のように言葉を紡ぐ、シオンの頭部。その横にはいつしか、少年の体が立っていた。首のない体は、ひょい、と頭部を持ち上げる。
レンガを積むような気軽さで、首の切断面に頭部を乗せると──瞬く間に、頭部と胴体が
首筋を
「この通り、僕は大丈夫だ。だからお前達も怒りを収めろ。この程度、僕にとってはかすり傷ですらない」
「シオン様があの程度の賊に傷つけられるとは思っておりません。しかし、あの者はシオン様に向かって攻撃を繰り出し、あまつさえ……白く美しくきめ細かい至高の柔肌に
「私ら、主人に牙を向けられて黙ってられるほど大人じゃないんだよねー」
「はん。私は坊ちゃまとは関係なく、あの人間が調子こいてるのがムカつくだけだ」
「主人に弓を引かれたとあっては、忠臣として黙っているわけにはいきませぬ」
「シオン様。我らはあなたを傷つける者を許しません。ですから、どうかこうして……醜態を
「……勘違いするなよ、アルシェラ。それに、他の三人もだ」
シオンは言う。
「僕はお前達の本来の姿を、醜いと思ったことは一度だってない。むしろ、美しいとさえ思う」
「シオン様……」
「だが、怒りに任せて力を振るおうとするお前らは……あんまり感心できなくて、えと……だから、なんというか、その……」
しどろもどろになりながら、かすかに
「ぼ、僕は……笑ってるお前達の方が好きだ」
メイド達は一様に言葉を失う。
「くそっ、言わせるな、こんなこと……」
恥ずかしそうに頭を
メイド達は
周囲を満たしていた殺気や魔力が
異形へと変貌していた四人の女は、一瞬で元の人間の姿へと戻った。
「す、すす、好き……? シオン様が、私のことを好き、って……!? やだ、そんな……ああ……ダメ……私、もう立っていられません……」
「えっへっへー、やーん、もうっ、シー様かわいいっ! そっかそっかー、そんなに私のことが大好きなのかー」
「た、倒れるな、アルシェラ! フェイナはくっつくな!」
「はーあ。くっだらねー茶番でしたね。んじゃ、私はちょっと横になって休みます」
「くっ……お
「寝るな、イブリス! ナギは泣くな!」
ぎゃーぎゃー、と。
騒がしいやり取りをメイド達と済ませ、シオンは深く息を吐く。
「まったく……こいつらは、いつもいつも……」
腰を抜かしているガーレルの方へと、歩を進めた。
「待たせたな」
淡々と言うシオンを、恐怖に震えた瞳が見上げてくる。
「な、な、なんなんだよ、お前は……? な、なにもん、なんだ?」
「化け物だよ」
シオンは言った。
その声には、
「二年前、魔王を倒したときに──僕は呪われた。死にたくても死ねない、不死身の化け物……そんな勇者の成れの果てが、僕だ」
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