第一章 元勇者は一人では眠れない 1
ロガーナ王国西方、エルト地方──
人里離れた深い森の奥地に、ぽつんと一つ、大きな屋敷がある。
魔王を倒した少年──シオン・ターレスクの、今の
優に二十人は暮らせる広い屋敷だが、現在ここに住んでいるのは、シオンと四人のメイドだけだ。
「……ん」
屋敷の最上階にある寝室。
小柄な少年、である。
顔つきは幼く、体つきも
(少し、寝すぎたか)
窓から差し込む陽光に目を細めながら、シオンは寝ぼけ頭でぼんやりと考える。
(こんな体になっても、睡眠だけはきちんと取らなければならないとは……我ながら、本当に難儀な生き物になったものだな──うん?)
軽く自嘲しつつ、上体を起こそうとした瞬間、シオンはようやく気づいた。
自分の体が、なにか柔らかなものに包まれていることに。
それは温かく、いい匂いで、覚醒しかけた意識を二度寝へと誘いこもうとする。
ひどく心地がいい。
なにげなく、顔に触れていたものに反射的に手を伸ばすと。
もにゅん、と。
不思議な感触が手のひらにあった。たっぷりとした重量感があり、しっとりと柔らかい。片手では到底収まりきらぬほどに巨大で、それでいて弾力にも富んだ、表現しようのない感覚──
「あんっ」
「やだ、シオン様ったら……そんな、なんて大胆な……!」
「ああ……シオン様の小さな手が、私のを……! い、いいですよ、シオン様。私の体でよければ、どうぞご堪能くださいませ。この体で主人を喜ばすことができるのであれば、メイドとしてこれ以上の幸福はありません……!」
「アルシェラ……──って、なっ!?」
そこでシオンは、自分の身に降りかかっていた異常事態を完全に理解した。
体を包み込むようにしていたのは──女体だった。小さな体を両腕で抱きしめられ、相手の胸に思い切り頭を
つまり、さっきから手で
「う、うわああ!」
跳ねるように女体から逃れ、ベッドから飛び降りる。
「あん……もう、よろしいのですか?」
思い切り動揺してしまうシオンに対し、ベッドに横たわっていた美女──アルシェラは、やや
彼女はシオンに仕えるメイドの一人であり、他の三人を束ねるメイド長でもある。
垂れ目がちな優しい目元と、その目の下にある泣きぼくろ。薄紅色の艶やかな髪は、顔や肩にかかる。
貞淑な雰囲気を
温和そうな顔立ちと肉感的な肢体がアンバランスな魅力を演出し、人間離れした色香を生み出していた。
(お、おっぱいに触ってしまった……)
思春期真っただ中にある少年の頭は、薄い布越しに触れた女性の胸部の感触で埋め尽くされてしまう。自分の小さな手ではまるで
「な、なにをやってるんだ、アルシェラ!?」
感触を振り払うように拳を握り締め、シオンは必死に
メイドに対する、主人としての態度を。
「どうしてお前が僕のベッドで寝ているんだ!?」
「どうしてと言われましても、昨晩は私が添い寝当番でしたので」
「え……あ、そ、そうか」
平然と返され、納得するシオン。
添い寝当番──この屋敷に住まう四人のメイド達は、日替わりでシオンと夜を共にすることになっている。
いわゆる
ただただ、一緒に寝るだけのことだ。
「毎夜の添い寝を希望されたのは、シオン様であったはずですが? 一人では怖くて眠れないとのことで」
「ち、違うぞ! 怖いわけじゃない! ただ……えっと、誰かと一緒に寝た方が、睡眠の質が上がるというだけだ! じ、自己管理のために仕方なくなんだ!」
「うふふ。そうでしたね」
ムキになって言い訳するシオンを、アルシェラは慈愛の
「でも……いくら僕の命令だからって、抱きつくことはないだろ? 僕は……その、隣で寝てくれるだけでいいんだから」
「申し訳ありません。シオン様のかわいらしい寝顔を間近で見ていたら……つい、我慢できなくなってしまいまして。でも、シオン様もまんざらではなかったのでは? 先ほどはずいぶんと情熱的に、私の乳房を
「あ、あれは寝ぼけてただけで、だからっ、その……ご、ごめん」
しおらしく頭を下げたシオンに、アルシェラは優しく
「謝罪などしないでください。私はシオン様にこの身の全てを
「……嫌じゃないのか?」
「アルシェラは、怖くないのか? 僕が触っても──わっぷ!?」
言葉の途中、豊かな胸が顔面に迫ってきた。
優しく、温かく、慈しむような甘い抱擁──
「なっ……ア、アルシェラ!?」
「嫌なはずがないでしょう。シオン様が相手ならば、私はどんなことをされても平気ですよ?」
「わ、わかったっ、わかったから、離れろ……く、苦しい」
強く抱きしめられたことで、顔全体に巨大な乳房が押しつけられる形となる。抵抗すればするほど深く沈みゆくようで、シオンは顔を真っ赤にして
「ふふっ。申し訳ありませんでした」
惜しむようにゆるりとアルシェラが手を開き、シオンはようやく
(くそぅ……威厳もなにもあったものじゃないな)
本当はもっと
しかし、まだまだ人生経験の足りないシオンには、年上女性の扱い方がよくわからなかった。威厳を出そうにもいつも空回りをして、アルシェラには手玉に取られてしまう。
彼女だけではなく、他の三人も同様。
自分の倍以上生きている女性とは、どういう風に接したらいいのか。
やっと12歳になった少年は、年上メイドとの接し方を常々
「シオン様。そろそろ下に降りましょう。もう朝食もできていると思いますから」
「あ、ああ。そうだな」
「では、お召し物を替えさせていただきます」
「……アルシェラ。前から言おうと思っていたけど、いちいち手伝ってくれなくても大丈夫だぞ? 着替えぐらい、僕は一人でできるから──」
「なりません!」
唐突に、アルシェラは声を張り上げた。
「なにを言っているのですか! シオン・ターレスクともあろうお方が、わざわざ自分で着替えるなんて、そんなもったいないこと──いえ、そんな品格を
「そ、そうなのか?」
「王族や貴族など、高貴な身分の者は、衣服を自分で着替えたりはしません。着替えの全ては従者の仕事だと耳にします。ならばシオン様も、当然そうすべきです。品格というものは、日々の習慣から身につくものですから」
「……わ、わかった。じゃあ、いつも通り頼む」
鬼気迫る形相で熱弁され、勢いで押し切られてしまう。アルシェラは満面の笑みを浮かべたまま、「かしこまりました」と
女の白い手が、寝間着を一枚ずつ脱がしていく。
冗談みたいに
(うう……は、恥ずかしい)
美女の手で服を脱がせてもらう。女慣れした男にとっては幸福以外のなにものでもないだろうが、しかし年頃の少年にとっては耐えがたい恥辱であった。
シオンはギュっと目を閉じて羞恥に耐える。
そのせいで、奉仕をするアルシェラの瞳に不純な欲に
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