さあ飛ぼう、雨の中を
「良い撮れ高」
アルマジロ・シンディ監督はほくほくした顔で言う。
「ずっとカメラ回してたんだぜ。これはヤバいな」
ジャックもほくほくした顔で言う。
「出さないで」
あたしはふたりに釘を刺した。アルマジロ・シンディ監督は何となく予想通りだったなみたいな顔をして、ジャックの方はぽかんとする。
「何で?」
「何ででも」
「おいおいアリス。すんごいゴシップだぜ? すっぱ抜かなくてどうするよ。チャンピオンはヤク中で、子供を殺す非道な奴で、それを歌姫とタクシー運転手がやっつける、なんて」
映画化待ったなしじゃないか、とジャックは指折り勝算の数を数えながら言い募る。
「それを流して喜ぶのは誰? 死んだ子供は帰ってこない。無関係なボクサーまで世論に叩かれて潰れるのが目に見えてる。見えないとは言わせないわよ、軽口トカゲ」
ジャックは尻尾でぱんぱんと樹根を叩きながらぶんむくれた。
「ちえっ!」
知らない間にフェードアウトしていたアルマジロ・シンディ監督が、樹根の上に据え付けたカウチに座ってカチンコを鳴らす。
テストが始まり、あたしの代わりにカンガルーの助手が立って照明の具合を確認した。
ツアーの観客は対岸にいて、この様子を見守っていることだろう。
「本番、いける?」
「もちろんよ。準備運動はし過ぎたくらいだから」
カンガルーの助手と入れ替わり、タクシー運転手の制服をアレンジしたステージ衣装を着たあたしは、ゆっくりと樹根の上に足を踏み出す。
その時、照明が落ちた。
もう外は夜になっていて、円筒状の広間も真っ暗闇。
あたしが肝を潰してアルマジロ・シンディ監督を振り返ると、そこだけ浮かぶようにライトで照らされた小粒なアルマジロに、妙に偉そうな態度で頷かれた。
恐る恐る歩を進める。
樹根の真ん中に立ち位置を知らせるテープがぼんやりと光ってた。
あたしはそこに辿り着くと合図する。
「いいわ」
ぶわん、と音を立てるようにしてライトが灯った。
そのサプライズにあたしの全身の毛が逆立つ。
アルマジロ・シンディ監督は粋な演出をしてた。あたしを照らし出すライトの光は、ずらりと居並ぶタクシーのヘッドライトだったのよ。
スピーカーから重低音のビートが流れだす。
白い羽があたしの上に降り落ちる。
涙の代わりに、あたしは歌う。
兄弟、魂のラップを聴きなよ。
天国まで届くように歌うからさ、ねえ。
×
後日送られてきたデータは最高だった。
あたしの歌に被せて、タクシー運転手たちが一緒に歌ってくれてるんだ。
ホセの同僚たち、肩を並べて歌うハイエナの親子の姿も映る。
その意味を知っているのはあたしたちだけなんだけど、それで十分だとあたしは思った。
アルマジロ・シンディ監督にお礼のメールを送ったら、それはどうも、という事務的な返信が戻ってきた。
けど、多分、照れ隠しよね?
下層界のキワで撮影するっていう斬新な手法は音楽界を驚かせ、アルマジロ・シンディ監督は一躍時の人になったみたい。
みたいってのは、だってあたしの部屋まだネットは繋がんないからさ、分かんないのよ。
ジャックには、アーサーとの一件を外部に流さないという約束の代わりに、新曲が出るときは真っ先に教えるって保証した。
まあ抜け目ないトカゲ野郎は、あたしの撮影ツアーでたんまりピンハネしたみたいで機嫌はすっかり直ってたけどね。定期観光ツアーにまで一枚かんでるってんだから最低じゃない?
お陰であそこの治安は守られるわけだけどさ。
新曲発表の日、あたしは<テンダネス・タクシー>の事務所に撮影協力のお礼で、人数分の缶詰セットとジュースを差し入れした。
言われるがままにサインを書きまくり、くたくたになって部屋に帰るとやっぱり勝手にテレビがついてて、みんながいて、それで言う。
「アリス、しーっ!」
画面を覗き込むと、あの夜の光景があたしを見つめ返していた。
舞い散る羽の中であたしが歌っている。
「一応、本物がここにいるんだけど?」
みんなが一斉に振り向いて言う。
「アリス、しーっ!」
あたしはソファーからイータを追い出して座る。
「やれやれだわ」
画面の向こうのあたしが、どん、と胸を叩く。
雨粒が弾けて雪になった。
そんなこんなで、
ああ、面白かったな。
終わっちまえばね、めでたしめでたしなんだよ。たいていの事はね。
◇
見上げてみなよ
幸運を祈りなよ
兄弟、あたしらはみんな人生って名前のタクシーを運転してる
思い通りに飛ぶかい?
飛ばないだろ、だってタクシーだからさ
そう何事にも限界ってものはある
でも空の広さを計ったことはあるかい?
ほらね、限界の尻尾もつかんじゃないないよ
下じゃないよ
良く考えて行くんだ
兄弟、あたしらはみんなひとりひとり
『SkyDriver in the Rain』
SkyDriver in the Rain 東洋 夏 @summer_east
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