山桜

 小学五年生、赤城順一は、よき友に恵まれて、楽しい学校生活を送っていた。小柄で少女然とした容貌の彼であるが、容姿のことで彼を侮ったり馬鹿にするような同級生はおらず、寧ろその絵の才能によって同級生からの尊崇の念を集めていた。

「桜。今日も遊ぼうよ。また絵を見てほしいんだけど……」

「ああ。いいよ。僕も新しい絵が見たいと思っていた所だ」

 そして、彼には無二の親友がいた。それこそ、彼の右斜め前の席に座るポニーテールの美少年、さくらであった。

 桜とは、隣同士の家に生まれ、物心ついてからずっと友交を交わしてきた。その麗しい親愛の情は、ほんの一時ひとときであっても、綻びることはなかった。いつも、順一が新しく絵を描き上げると、桜に見せるのが恒例になっていた。まさしく刎頸ふんけいの交わりと呼んでもいいような交宜こうぎが、二人の間には確かに存在しているのである。

「ねぇ、桜、胡蝶の夢、って知ってる?」

 放課後、下校途中に、順一は桜に尋ねた。

「ああ、確か中国の荘子そうしって人の逸話だよね」

「そう。蝶になった夢から覚めた荘子が、自分は蝶になった夢を見たのか、それとも今の自分こそが蝶の見ている夢の姿なのか、って自分に問いかける話。桜はもしかしたら今の自分は別の何かが見ている夢なのかも……って考えたことある?」

「唐突だなぁ……まさかそんなこと考えもしないよ」

「うん……そうだよね……」

 順一は時々、何かを忘却しているような、得体の知れぬ違和感を覚えることがある。それは全く何の前触れもなく、屡々しばしば、順一の脳内に襲いくる。けれども、直感的に、それは思い出してはいけないことだと、いつも脳の奥底に押し込めて封殺してしまうのだ。

「それにしても、またどうしてそんな話を唐突に?」

「いいや、何でもない。最近読んだばっかりの話だからちょっと桜に話したかっただけだよ」

 順一は、常に願っていた。ああ、いつまでも続けばいい。このような、散ることのない花のような、素晴らしい日常が――


 奇妙な変死体五つが見つかったのは、閑静な住宅街の中にある緑地の中心部であった。その変死体の全ては市内の小学校に通う男子児童のものであったが、いずれも全身泥にまみれており、その泥は口腔内にも詰まっていた。

 奇しくもその五人以外に、同じクラスの児童で不登校児であった赤城順一という少年が行方不明になっていた。そして、現場には、画材と共に一枚の人物画が残されていた。順一少年の父の証言から、現場に残された画材は順一のものとされ、その絵もまた、順一の描いたものと推測された。

 しかし、順一少年の失踪と五人の児童の遺体との関連性は、ついぞ分からず仕舞いであった。事件はその異常性から、全国的なニュースとなり、世間を大いに騒がせたのであるが、結局何の解決もしないまま事件は迷宮入りし、順一少年の捜索も打ち切られた。




 その年の春、例の緑地の山桜は、満開の花を咲かせた。血のような、真っ赤な花を。

 

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山桜の怪 武州人也 @hagachi-hm

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