運命の夜……の手前
お姉様達の手によって、これでもか!という位にしっかりとヘアメイクを施され、仕上げに貝殻のワンポイントの刺繍の入ったピンク色の新品の胸当てを着せられた――私。
お姉様達の話によれば、何でも……十五歳を迎えた女の子(人魚)に、こうして女性同士で集まって飾り立てる事が一番のお祝いになるのだそうだ。
私のすぐ上のお姉様は、去年が十五歳の誕生日だったが……私はこんな事をした記憶がない。記憶がスキップされてあやふやな状態だから、断定は出来ないけど……。
まあ、でも、せっかく可愛い
メロディーにしてみたら、海の中は新しくもないし、退屈なのかもしれないが、私にとっては、見るもの聞くもの全てが新鮮なのだから……!
「運命の人にいつ出会っても良いように、女の子は自分磨きをしておかないとね?」
みんなのオモチャ状態から
――人魚姫のストーリーでは、末の人魚姫が姉妹の中で一番可愛いとされていた。
確かに、メロディーは愛らしく可愛い顔と声を持っているが……お姉様達の方は俗に言う『可愛い系』ではなく、シャープでスマートな『美人系』なのだ。
私から言わせれば、お姉様達の方がヒロインっぽい。それなのに私の方が一番可愛いと言うのであれば、この世界の美の基準そのものがズレている可能性が高い。
結論を言えば――キレイなお姉様達に囲まれて、私は幸せな時間を過ごしたのでした!まる。なーんてね。
キレイで優しいお姉様達から癒やしを貰った所で……今度こそ『嵐の夜』の対策を考えなくてはならない。
……不本意ではあるが、私はまた船が見える水面まで上がって来ていた。
『誕生日に船上パーティーなんてするなよーーー!これから大嵐が来るんだぞー?!』
――と、声を大にして言いたいところだが、
こんなに穏やかな海が数時間後に大嵐に見舞われるだなんて、誰にも想像出来ないだろう。
……でもね?
逃げ場の無い
足場のしっかりされていない所で豪華な振る舞いをするのが、貴族のステータスなの?
だったら陸の上でパレードでもすれば良いのに……とは思うが、目の前に慣れ親しんだ海があればその上でやりたいと思うのがお金持ちなのだろう。そう結論付ける。
さて……これからどうしようか。
私がここでうだうだと色々考えていても、強制力が王子様を助ける展開へと持っていくのだろう。
はあー……。面倒くさい。
深く大きな溜息を吐いた私は、水面に仰向けで倒れた。背泳ぎ状態である。
手を伸ばせば届きそうな夜空には、黄色い月がポッカリと浮かんでいた。
そっと瞳を閉じれば、静かな波の音に混じり、船上からは賑やかで楽しそうな声と音楽が聞こえてきた。
……暇だし、王子見に行っちゃう?
今までそんなに気にならなかった王子様の姿が無性に見たくなった。
これから助ける相手なんだから!事前調査は大事だよね!
――そんな理由を無理矢理に付けて取った行動は、王子様大嫌いな私にとって、まるで……魔が差したとしか思えないものだった。
****
はあ……はあ……。
私は荒い息を何度も繰り返していた。
――そして、自分自身の迂闊さを恨んだ。
魚の尾びれで豪華客船のデッキ上まで登れるわけないじゃん!浅はかな考えを……!
……まあ、根性で腕の力だけで登ってやったけど!
船壁に階段があるタイプで良かった。
そうでなければ、ここまで上がって来る事なんて不可能だった。
――って、ちょっと待て。私。
どうしてこんな所まで上がって来ちゃったの!?
これじゃあまるで…………
「王子!そろそろ着替えを!」
「分かっているよ。セバスチャンは相変わらずせっかちだな」
「私はせっかちではありませんぞ!本日は王子の誕生を祝う大事な――」
「分かった。分かったって」
老齢の執事に向かって爽やかに笑い掛ける青年。
この青年は、私の聞き間違えでなければ『王子』と、そう呼ばれていた。
しかも『セバスチャン』こっちに居た!
つまり――コイツが人魚姫の気持ちを弄んで飼い殺しにしようとする卑劣な奴という事だ!!
私は睨み付けるように王子を見た。
…………王子はなかなかのイケメンだった。
金色の髪に、マリンブルーの瞳。
『元祖王子様!』という風貌である。
……うん。全く好きではない!
確かにカッコいいとは思うが、恋には落ちなかった。好みではない!
王子のマリンブルーの瞳よりも、実際の海の中の方が何倍も綺麗だ。
トクン――なんて、恋愛特有の不整脈なんかも起こらず……逆に驚いた。
【強制力】によって、私の感情が制御されてしまう事を危惧していたからだ。
良かった……。
私は心から安堵の溜息を吐いた。
デッキ上では、王子が愛犬とじゃれているが、
自分には全く関係のない、映画のワンシーンを見ている様な感覚である。
――しかし、パーティーの序盤には大嵐が来るし、その時に王子を助けなければ……彼は溺れ死んでしまう。
海の中で息をする事が出来ないなんて、なんと人間は脆弱な生き物なのだろうか。
――なーんてね。
ふふっ。この上から目線な台詞を一度言ってみたかったんだー!
王子様に一目惚れをしなかったのだから、きっともう大丈夫。
仕方がないから、命だけは助けてあげよう。
そう決めた私は、そーっと静かに来たルートを戻る様にして階段を降り、ある程度の場所から海の中に飛び込んだ。
――そんな私の姿を見ていた者がいた事に、この時の私は全く気付いていなかった。
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