否が応でも事態は進む……

『身体が覚えている』。

人魚としての記憶は無いが、そんな言葉がしっくりくる。


昔、プールの授業で潜水を習った時の様に両腕は身体に沿って下ろし、膝から下の部分を上下に動かすだけでぐんぐんと自然にスピードが上がる。


泳ぐのが楽しい……と、私は初めて思ったかもしれない。


……カナヅチではないが、クロールは苦手。

息継ぎのタイミングが難しいと思ったのは私だけではない――はず!


私が得意だったのは平泳ぎだった。

蛙の様に両手と両足を交互に大きく掻きながら進む。

平泳ぎならば顔を水に浸けなくても泳ぐ事が可能なので、息継ぎの心配も無い。


そんななつかしい昔の記憶を思い出しながら、微かに見えた光を目印に泳いでいると――あっという間に水面まで辿り着いた。


「……やっぱり居た」

海面から少しだけそっと顔を覗かせた私は、海の上に浮かぶ大きな一隻の大きく煌びやかな船を睨み付けた。


船の上では乗務員達が忙しなく動き続けているのが分かる。

彼等は今まさに王子様の『誕生日祝い』の準備をしている真っ最中なのだ。


準備の進み具合と、ストーリー通りに展開が進むのが前提である事を考慮すれば――今夜で間違いない。

――因みに今の私は、十五歳になったばかりである。うーん。若い……。


人魚は十五歳になると水面まで上がって来て、地上世界を見る事が出来る様になる。


六人の姉を持つ人魚姫は、姉達が話してくれる地上の世界を聞いて、ずっとこの日を夢に見てきた。そこで初めて見た美しく格好良い王子に一目惚れをする。

初めて見た人間の世界と、格好良い王子様。

海の中しか知らなかった人魚姫が……色々と浮かれてしまったのは仕方無いかもしれない。恐れよりも憧れや好奇心が勝ったのだ。



しかーし!!

……と、私の言いたい事の全ては、冒頭部分に戻るわけだ。


アスラが言っていた事から考慮するに、この世界には『強制力』という、本来の話の筋道に強制的に戻させるという補正があるのだろうか?

人魚姫がどんな行動をしようが、修正が入り、ストーリー通りの行動をしなければならない。

そうすると、『嵐の夜』には、①『死にそうな王子様を助ける』②『助けた王子に一目惚れをする』――となる。


王子様に恋するの?私が?

……大嫌いなのに?


目元だけ海面から出していた私は、船を睨み付けながらブクブクと水を吹いた。


イケボの王子様なら……まあ、一目(耳)惚れしちゃうかもしれないけどさ?

自分を助けた本当の相手に気付かずに、他の女の人を選ぶ様な男は……嫌だな。

うん。絶対に無しだ。


取り敢えず……海の中に戻ろう。

深い溜息を吐いた私は、くるっと方向転換をして、そのまま沈む様に海の中に潜って行った。


スキューバダイビングにはずっと興味があった。

高校生達が青春しながらダイビング活動をしているマンガが好きだった。


……タコさんママの話は号泣した。


あの話の続きはもう読めないけど、あのマンガを見て感動した情景が、今の私の目の前には広がっている。

しかも!人魚になった今の私には、ダイバーの資格は必要ないし、ウエットスーツや重いタンクを背負う必要もない!それだけは救いかもしれない。


キレイな青色の海の中は沢山の生命が溢れている。

白やピンク色の珊瑚礁には、そこを寝床とするオレンジの縞模様の魚もいるし、今までに見た事がない配色をした魚達が生き生きと楽しそうに生活をしているのが見えた。


「あ、姫様!こんな所にいたんですね!?」

声の主の方を振り返ると、赤いザリガニ……ロブスター?がいた。

ぬいぐるみの様な、丸っこいロブスターがしゃべっている。


こ、これはまさか……

「セバスチャン!?」

「……誰の事ですか?私はルミエールですよ」

赤いロブスターこと、『ルミエール』がキョトンと瞳を丸くしている。


ルミエールだ……と?

まさかの野獣の方の名前ですか!?……そうですか。


人魚姫に生まれ変わったと言っても……

泡になって消えた瞬間から、十五歳の今までスキップされた状況なので、記憶が曖昧だったりもする。


多分、これはわざとだろう。

『この方が面白いでしょう?』そんな声が頭に響いた気がするからだ。

アスラめ……。

元の『かなで』としての記憶や思考を優先されたのだ。


「ええと……ルミエール?……どうして私を……探していたの?」

「そうだ!それですよ!姫様が誕生日のお披露目の場をボイコットしたって、王様がカンカンに怒ってますよー!!」


……あれ?その流れ知っている……ぞ?

って……え?!そこも一緒にしちゃう!?

バックグラウンドでもストーリーは進行中ですか……。そうですか。


そう言えば……王子様に出会う前に人魚姫が船を見に行くシーンもあったっけ。


アスラの作った『強制力』は半端ないな……。

私は見事にその中に巻き込まれているらしい。

今の所の救いは、感情までは強制されていない所……か?


「ひーめーさーまー!!」

「わっ……!何!?」

丸っこいロブスターのルミエールが私の顔面に貼り付いた。


「早く王様に謝りに行きましょうよー!」

「あ、分かったから!か、顔から離れて!」

十本あるルミエールの脚が顔面でサワサワと動かれるのは抵抗があるんだよ!


「姫様がちゃんと来てくれるなら離れますー!」

「分かった!行こう!今すぐに行こう!!」

ルミエールを鷲掴みにして顔面から剥がした私は、海の底にあるお城を目指して素早く尾びれを動かした。



*****


「全くお前ときたら……。今日はお前にとっての大切な日だと、私は何度も言っただろう?」

玉座にいるのは人魚の世界の王。

ポセイドンこと……人魚姫わたしのお父様である。


少しウエーブがかった長く伸びた白髪に、白い髭をたくわえ、見事なまでに鍛え上げられた筋肉質な身体が王としての威厳を放っている。

玉座の傍らには、王の証である三叉槍さんさそうが浮かんでいる。

先端が三つに分かれた大きな槍が、ポセイドン王の愛用の武器でもある。

王の資格がない者が触れるといかづちに身を焼かれるとか、焼かれないとか……。


「六人の姉達がお前の世話を焼いてはくれているが……やはり母親がいないと駄目なのだろうか……」

項垂れたお父様は、眉間のシワを揉みほぐしながら私をチラリと見た。


「……申し訳ありませんでした。お父様」

正直言えば私は悪くない!


知らなかったし、アスラも教えてくれなかった。

私を飛ばすなら同じ城の中にしてくれたら良かったのだ。

しかし、こんなのは理由にはならないのだ。


大事な場に現れなかった。それが全てだ。


今、言えない文句は絶対にアスラに言ってやらないと気が済まないんだから!!


まだ、激高されながらの説教でない事が救いだ。


「メロディーよ。お前は私の子供の中で一番好奇心が旺盛で元気だ。だからこそ私は心配しているのだ」


『メロディー』とは、どうやら人魚姫わたしの名前らしい。

アリ〇ルではなく……今度は娘の方の名ですか。可愛い名前だから良いけどね。


「……聞いているのか?」

「はい!勿論です!」 

ジロリと見られた私は、直立不動の姿勢を取った。

流石は王様!圧が強い!!


「……もう良い。無茶だけはしてくれるな。私達はお前を失いたくはないのだから」

深々と溜息を吐いたお父様は、下がれと言う様にヒラヒラと片手を振った。


…………?


「……ありがとうございます」

お父様の言葉が少しだけ引っ掛かったが、私は素直に頭を下げて玉座のある広間から出た。



「姫様ー!……大丈夫でしたか?」

広間から出て来ると、ルミエールがシャカシャカと水を掻き分けながらやって来た。

ルミエールの丸っこいシルエットを見ていると、何だかとても癒やされる。


「大丈夫よ。お父様はそんなに怒っていなかったから」

……どちらかと言えば呆れられていた気がしなくもない。


「それなら良かったですー!今度から気を付けて下さいよー?」

カチャカチャと大きなハサミを上下に動かすルミエール。


見慣れれば、抵抗のあった脚も何もかもが、マスコットの様に可愛く見えてきた。


「分かった。ごめんね」

私はルミエールに手を伸ばして頭の部分を撫でた。


「姫様はわたしくしめの頭を撫でるのが、本当に好きですね?」

瞳を細めながら嬉しそうにルミエールが頭を撫でられている。


「そう……だね。好きだよ」

何と言って良いか分からなかったので、事実を肯定しておいた。


スキップされた記憶の中いた私も癒やしを求めていたのかもしれないと思うと、親近感が湧いた。



さて。

お父様への謝罪も終わったのだから、次は『嵐の夜』の事を考えなければ。


……考えなければいけないのだが…………


「ほらー、メロディーちゃんと鏡を見ていなさい!」

「そうよ!せっかくの艶々の髪なんだからお手入れはきちんとしないと!」

「メイクが終わったら、次は新しい胸当てを選ぶわよ?」

「お姉様!メロディーにはピンクよ!」

「えー?私は元気なオレンジ色が良いと思うわ!!」

「二人共、落ち着きなさい。メロディーには貝殻の形の胸当ても良いとお姉様は思います」


六人の姉達に強制的に拉致された私は……着せ替え人形ならぬ……着せ替え人魚?



もう!考え事がでーきーなーいーよーーー!!


鏡に映る姉達を見つめながら深い、深い、溜息を吐いた。

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