……王子に捕まりました。

――ふと、目が覚めた。


このままもう一度眠りに落ちたいが……頬や手にザラリとした不快な感触を感じた。

私はまだ寝ぼけているのだろうか。

まるで本当に地べたに寝ている様にリアルだが……そんな馬鹿な事があるものか。

私はルミエールのお小言を聞きながらベットで眠っていたのだ。

……そう。眠っていたはずなのに、いつの間にかアスラの部屋に居て……その後は、アスラに人間になる薬を飲まされて………………。


徐々に思考がハッキリとしてきた。


ああ――これは、人間の足を手に入れた人魚姫が砂浜に倒れているシーンか、と。

まだぼんやりとしている頭でそう確信した。


**


砂浜で裸で倒れている人魚姫の元に慌てて駆け寄る王子様。


『き、君……!大丈夫かい!?』

『………………』

目覚めた人魚姫と見つめ合う王子様。


――トクン。


言葉を失い、記憶も失ったフリをしている人魚姫。


『もう大丈夫だから安心しなさい。私の城に行こう』

可哀想で可愛い人魚姫を不憫に思った第一発見者の王子は、自らが着ていたジャケットを脱ぎ、それを人魚姫に羽織らせて城に連れて行った。


**


……って、ちょ……ちょっと待って!

色々とツッコみたい所いっぱいあるけど…………今の私、全裸ですか!?


そんな状況だったなら、別な意味で『ドクン』と不整脈を起こして倒れてしまいそうだ。胸をときめかせている余裕なんてない。

ガバッと勢いよく起き上がった私は、すぐに足元を見た。


あ、本当に足が生えてる……!


前世でとてもよく見慣れた人間の足と一緒に、ヒラヒラとした淡い水色の布が見えた。

視線を徐々に上に上げていくと、肩紐の細いキャミソールワンピースの様な物を着ているのが分かった。


……アスラ、グッジョブ!

全裸で浜辺に転がされなかった事に心から安堵した。


安心したら次は、状況の確認だ。


まずは声。

「…………!…………!!」

一生懸命に話そうとしても言葉が出て来ない。

大声で叫んでみようとも声は出ず、鼻歌すらも出来なかった。


……これが話せないという事なのか。

私は喉元を押えながら俯いた。俯いた先には足が映る。


次は――だ。

両手を付いて、恐る恐る足の指に力を込めた。


砂に足をとられ、上手く力が入らないながらも何とか立ち上がると、生まれたての小鹿状態になった。軽い四つん這い状態のままプルプルと両足が震える。

そこから上半身を起こそうと両手を横に広げ、鳥が羽ばたくように上下にパタパタと動かすと、どうにか直立になる事が出来た。


まだ微かに両足はプルプルしてるし、バランスを取る為に両手を横に伸ばしたままであるが……痛みは全くない。


人間になる為の薬を飲んだ時は、死ぬほど痛くてアスラを恨んだけどね!?

あんなに痛いだなんて聞いていない!

(言ってないからね。byアスラ)


まるで綱渡りをするかの様にバランスを取りながら片足を一歩前に出す。

ゆっくりと、でもしっかりと砂浜を踏み締めたら、もう片方の足も同じ様に前に出す。

素足で貝殻等を踏まない様に、よく周りを見ながら慎重に。


――そうして何度か練習をしている内に、前世での感覚が戻ってきた。

今ならもう走れるし、クルクルと回転しながら踊る事だって可能だ。

アスラに交渉して良かった。……これで逃げられる。


よーし。それじゃあ、王子に見つかる前に逃げますか!


クルリと踵を返した私は、硬い物に思い切り顔面をぶつけた。


……な、何!?

後ろに壁なんてなかったよね!?


鼻を押さえながら、ぶつかったものを確認しようとして――そのまま固まった。

呆然とする私の正面には、いつの間にか男性が立っていたのだ。

誰かが近付いてくる気配なんて全くなかったのに……。


その男性は、金色のサラリとした髪にマリンブルーの瞳をしたイケメンであり……とーっても見覚えのある顔である。

出来れば二度と会いたくなかった人物で、これから逃げようとしていた相手でもある。


オウジサマ……!!


「こんにちは。何かお困りかい?」

白い歯を覗かせながら爽やかに笑う王子。


話せない私はブンブンと首を左右に振って、王子に『大丈夫』だと伝える。


お城に連れて行かれたら終わりだ。

バッドエンドまで一直線!


ペコペコと頭を下げながら、にこやかに笑いながら立ち去ろうとすると、


「ちょっと待って」

王子に手首を捕まれた。


「君は言葉を話せないんだろう?……可哀想に。私の城においで。何一つ不自由はさせないから」


……いやいやいやいや!ちょっと待て。


爽やかに笑っているくせに、私の手首を掴む力が強くなっているのは何故!?

私ってば、そんなに困って見えるの!?

確かに靴は履いてないけど服はきちんと着ているし、ちょーっと言葉は話せなくてこれから困るかもしれないけど、歩けるし。痛くないし……!

王子の世話にはなりたくない。


ジッと王子に掴まれている手を見つめると、少しだけ掴む手が弛くなった。


その隙を見逃さずに駆け出した私は――

「大丈夫。怖くないよ」

すぐにあっさりと王子に捕まった。


くっ……。足の長さか……!


私を捕えた王子は、逃げられない様にする為か、お姫様抱っこに持ち上げた。

王子の腕から逃れようと必死に手足を動かして藻掻くが、びくともしない。


「こーら。私を困らせないでくれ。怖くないから、暴れないで」

王子は全然困っていなそうな顔でニコニコと笑っている。


「さあ、お城に行こう」

そう言うと否や、お城のある方向に向かってスタスタと歩き出した。


こ、これって、拉致じゃないですか……!?


――声が出せない私は有無を言わさずにお城の連れて行かれたのだった。

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