第6話
そのころ、カメを背に乗せたモグラは、森からそれほど遠くない、山の麓を歩いていました。
カメを背に乗せているため、モグラは休み休みの捜索でいっこうに進みませんでした。
モグラは心の中で少し後悔していました。
やれやれ、ウサギに責められていたカメが可哀想でつい名乗りを上げてしまったが、これはとんだお荷物だ。
ウサギの言ったことの方が正しかったのかもしれないな。
そう思いながらも、モグラは何も言わず、黙々と歩き続けました。
そんな時、カメはモグラに言いました。
モグラ君、すまないが一度おろしてくれないか。水の匂いがするんだ。
モグラは驚いて言いました。
水の匂いだって。この辺りには川も湖も無いんだぜ。
カメは頷いてから言いました。
僕もそう聞いていたけれど、やはり水の匂いがするんだ。
一応調べてみたいから下ろしてくれ。
モグラがゆっくりとカメを下ろすと、カメはその周辺の匂いを嗅いで回りました。
そうして一か所で止まると、砂を弄りました。
それから、モグラに向かって興奮した様子で言いました。
この辺りだけ、僕の家の周りの砂と似ているんだ。
もしかしたら地下に水脈があるのかもしれない。
モグラは訝んで首を捻りました。
砂と似ているだって。砂なんてどれも同じじゃないのか。
カメは言いました。
僕は、動きは鈍いし、歩くのも時間がかかる。
だから、みんなより地面を見る機会が多いんだ。
地面は全部それぞれ特徴があって、水場の近くにある砂はみんな同じ特徴を持っているのさ。きっとこれは水を含んだ土だよ。
モグラ君、君の力でここを掘ってみてくれないか。
モグラは興奮したカメに気圧されて、言われた通りに穴を掘ってみました。
すると、すぐに水脈に突き当たり、水圧によって彼の身体は穴の外に噴き上げられました。
モグラとカメは驚いて逃げ出しました。
水の無いところまで逃げてきて、後ろを振り返ると、十分な水量の池ができていました。
モグラとカメは驚いてその光景を眺めていましたが、自然と顔を見つめ合い、思わず笑いだしました。
モグラとカメは急いで「先生」に報告に行きました。
「先生」の部屋にはウサギが居ました。
モグラとカメは顛末を報告し、「先生」が笑顔で頷き、近くて新しい水場への移住を決めました。
「先生」は皆に移住の準備をするよう伝えなさい、と言い、モグラとカメは張り切って部屋を出ていきました。
部屋には「先生」とウサギだけが残りました。
ウサギはまたもカメに出し抜かれた悔しさで顔を真っ赤にしていました。
「先生」、あいつが活躍したのは偶然に過ぎません。
なんたって僕はあいつよりずっと足が速いし、頭も良いんです。
なんだったら、地質だって、やろうと思えばあいつより詳しくなる事ができる筈です。
「先生」は静かにウサギを見つめてから言いました。
お前の言う通りだウサギ。
お前はカメよりずっと速く動けるし、頭の回転も速い。
だが、だからこそお前は地面の色も、水の匂いも見落とした。
カメはお前のように速く動く事は出来ないが、地面の色を良く見聞きして考えた。
カメはお前のように速く記憶は出来ないが、水の匂いを嗅いで覚えこんだ。
同じことをしようとすればお前にも、カメより速くそれができるのかもしれない。
だが、カメがいなければ、そんな事をしようとすら思わなかった筈だ。
お前が自らの価値観のためにカメを追い詰め、何もできないようにしていたなら、多くの動物達がこの移動で犠牲となった事だろう。
お前達一人ひとりはどれほど努力した所で、全てを見通す事など出来はしない。
だが、互いに互いの見ている世界を認め、共有することで、お前達はより多くの物を見る事ができるのだ。
もしお前がカメをノロマという理由でカメを仲間から除いたのであれば、お前達は永遠にカメという世界を失った集団となるのだ。
動きが速く、頭の回転の速い、愚かなウサギよ。
お前は仲間から一つの世界を奪った時、その責を負う覚悟があるのか。
ウサギは怖くなって「先生」の部屋を出ていきました。
その後、ウサギはカメをからかったり、馬鹿にするのを止めました。
すると、ウサギの世界はより彩り鮮やかなものになりました。
そこには優劣という名のモノクロトーンではありません。
それぞれの動物達の色を優劣の2色ではなく、カラフルな色彩として楽しむことができるようになったのです。
鳥獣戯画「兎と亀と土竜」完
鳥獣戯画「兎と亀と土竜」 海水木葉 @umimizukonoha
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