太陽の花
※Part5以降の重大なネタバレを含みます。
広大な地に咲き乱れる花を、その青年は初めて見た。正確には、花そのものは、画像などで目にしたことはある。だが、現物の迫力がこれ程までとは、今の今まで全く知らなかった。
上背のある自分を見下ろせてしまうくらいの、3メートルほどある身長。人の頭よりも大きな花弁。何よりも目を引く、鮮やかな黄色。
まるで太陽そのものを表しているかのような花が、地平線の果てまで続いていた。眩い黄色が敷き詰められる上空には、澄み渡る青空が終わりなく続いている。
「なんと素晴らしいのだ! 本当に凄いな……!!」
青年はすっかり、この花畑のスケールの大きさに圧倒されていた。高揚する気持ちを抑えられない。青空に向かって真っ直ぐに咲く、この大輪の花は、見る人の心を自然と明るくさせる力を持っているようだ。
「ここで夜に星を見るのも良いかもしれないな! こんなに空が広く見えるのだし、きっと星も綺麗に観測できるだろう!」
「しかし、夜は代わりにこの花が見られなくなるのではないか?」
機械的な声に振り返れば、頭部が旧型のテレビのような形をした人影が、冷静に続けた。
「職員が言っていただろう。この花は夜になると、まるでしおれたような見た目になると」
そういえば、と青年はこの花畑を教えてくれた研究員の言葉を思い出した。日が昇ると顔を上げ、日が沈むと項垂れる。そんな特徴を持った花なのだと。
青年は今日、友人であり同じバルジ研究所に勤めるこのハルと共に、仕事の一環でとある星に訪れていた。その星のバルジ研究所の支部で働く職員が、この花畑をすすめてくれた。
自分の星は、この花の凄く大きな花畑が観光地として有名だと。だが、今の時期は観光客でごった返しているだろうから、別の穴場の花畑を教える。もし行ったことがないなら、是非向かってみるといい、と。
勧めに従って、休憩時間の間に向かってみた花畑は、町からずっと外れたところにあった。建物は全く見当たらず、森に囲まれた、まさに自然そのものといった場所だった。
こういう他の明かりの少ない場所で天体観測をすると、暗い星までよく見えるのだが、代わりに夜は花を楽しむことができなくなる。うーん、とつい青年は唸り声を上げてしまった。
「……昼間は星が見えない……。夜は花が見えない……。……む…………」
「君は花より星なんだな」
ロボットによるずばりとした冷静な指摘を受け、青年はうっと言葉に詰まった。
確かに青年にとって、星は大好きなものだ。ここで見る星空はどんなものだろうかと、ついつい想像を巡らせてしまうくらいには。
しかし、と青年は花畑を見回す。明るく堂々と咲く花々は、この星にとっての太陽の光を受けて、ことさら華やかに、輝いているように見える。
強い光だからこそ、太陽のような花は、より映えているのだろう。この花が、こんなに生き生きとした姿を見せる花だということを、今日実物を見て、初めて知った。
「いや、そうでもないぞ! この花もとても気に入った! だが星も好きだからな、一緒に見てみたら星も花もどちらも更に素晴らしいものに見えるだろうと思ったんだ! が、夜に萎れてしまうなら仕方ない。日が出ているうちに、たくさん眺めておくとしよう!」
「そうか。そんなに気に入ったのか」
「その通りだ!」
空を見上げ、太陽のほうを向きながら、大きく育ち、真っ直ぐに立つ花。この花が有名なのも、納得だった。
そのような姿を見せているからこそ、人々の心に希望をもたらすのであろうことは、想像に容易い。
「俺も、この花のようになりたいものだな! 人の心を明るく照らせるような人に!」
何度目かわからない夢を、声に乗せる。人の心を照らす人になること。自分自身の根幹を成す目標だった。何があろうと決して諦めないと決めていることだった。
「……花そのものに体を変化させるのは不可能だろうが」
ふとハルが言った。「ものの例えだからな?!」と、稀に融通が利かなくなるロボットに訴えると、ハルはわかっている、と頷いた。
「比喩という意味ならば。君なら、できるだろう。私はそう考えている」
ハルの言い方は淡々としており、無感情だった。けれども、確かに青年の心の内側に降り積もったのを感じた。
恐らく、同じことを別の人から感情たっぷりに言われても、こんなに響かなかったかもしれない。
ぱあっと、青年の顔に、笑顔が広がっていった。
「ああ! ありがとう、ハル!! 頑張るぞ、俺は!! ……よし、そうと決まればこんなところで油を売っている暇はない! さあっ、研究所に戻るぞ!!」
「早くないか? そろそろ戻らないといけない時間だしいいのだが」
「バルジ研究所で、宇宙全体の未来を輝かせるような大発明をして、ダークマターから宇宙中に発信する! そのためには、俺がやるべきことも、お前がやるべきことも、まだまだ数え切れない程ある! 時間は有限だぞ、ハル!!」
青年は拳を作り、自身の胸を軽く叩く。その時、一陣の風が吹いた。
光を浴びて立つ太陽の花が、ざわざわと一斉にざわめく。青い空と黄色い花のコントラストを目にしながら、青年は、また必ずここに来ようと笑みを浮かべるのだった。
ほんの数年前のことだ。それなのになぜ、遠い出来事のように感じるのだろう。
目の前に広がる光景が、あの頃とまるで違っているのも原因の一つだろうか。
もたげた首。萎れた花びら。褪せた黄色。あの花は、枯れるとこんな姿になるのかと、
吹き抜けていく風すらも死んでいるようだった。その風に煽られる花も、ただ無抵抗に、意思なくその身を揺らされている。空だけが変わらず真っ青な色なのが、ますます不揃いな光景にさせていた。
ここは間違いなくあの星で、あの場所で、あの花畑だ。しかし、ほんの少し季節がずれるだけで、そこはまるで違う場所に変わっていた。
サターンは、すぐ傍に咲いていた花に近寄った。空を見上げ、陽の光を惜しみなく浴びていた花は、今やサターンからも目を逸らすように、ぐったりと項垂れていた。
力なく佇む花に、太陽の花の面影はない。だが、じっと見つめていると、記憶の中に限り、色鮮やかな黄が蘇ってくる。この花のようになりたいと言った、自分自身の言葉も。
「君なら、できるだろう。私はそう考えている」
ふいに聞こえてきたのは、別の誰かの声だった。はっと我に返って辺りを見回す。黄色は、どこにもなかった。あるのは、枯れた花の持つくすんだ黄色だけだ。
サターンは手を伸ばし、目の前の花の首を掴んだ。もともと死んでいるような花は、軽く引っ張っただけで簡単に茎から千切れた。
地面に落として踏みつける。それだけで花は、直すことも戻すこともできないくらいにばらばらになった。
太陽の花は枯れた。もう空を見上げることはない。
コズミックトラベラー・サイドストーリー 星野 ラベンダー @starlitlavender
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。コズミックトラベラー・サイドストーリーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます