第4話 畔と猫屋敷

 ある泥棒の話



「あっぶねえ!」

 飛び起きると、背中の痛みに気付く。どうやら俺は公園のベンチで寝ていたらしい。

「おつかれー」

 佐々木の呑気な声が隣から聞こえる。どうやらギリギリ扉をくぐれたらしい。

「ひどい目に遭った」

「知ってる」

 ケラケラと佐々木が笑う。

「さて、これで君は泥棒としての能力を失った」

 言われて気付く。そうだ。俺が泥棒として上手くやれていたのは怪異に憑かれたからだった。となれば当然、今の俺に力はない。

「まあ、別に良い。……バイトでも探すさ」

「そ。じゃあ、出して」

 佐々木が右手を俺の目の前で開いた。……出して?

「何を?」

「治療費」

 治療費。……これ、治療だったのか。まあ、仕方ない。詐欺じみているが助かったのは事実だ。

「いくら?」

「そうねぁ」

 佐々木はニマニマといやらしい笑みを浮かべる。

「ざっと宝石三つ分かしら」

 ……嫌な汗が首に伝う。まあ、そうだよな。こいつは「あの」佐々木だよな。俺は観念してカバンから盗んだ宝石を取り出す。

「悪かった」

「え? 何が? ちょっと意味が分からないなー」

 佐々木は左上に視線を向けてとぼける。

「それではお大事に」

 彼女はわざとらしく丁寧にお辞儀をして、公園の出口に向かった。しかし出口の前で一度足を止め、振り返る。

「忘れてたんだけど―、胸ポケットに名刺入れてるからー、何かあったら連絡してー」

 バイバーイと右手を大きく振って走りさってしまった。まさぐると確かに胸ポケットに紙が入っている。俺が寝ている間に入れていたのだろう。

 どれどれ。

『怪異現象研究家 猫屋敷美奈』

 ……ん? 猫屋敷? 佐々木じゃなくて?

「……あ、あ、ああああああ!」

 そうだ、初めからおかしかった。佐々木邸からのびる道は右、左、中央の三つだ。俺は中央の道をまっすぐに歩いていた。もしも外出していた佐々木邸の主が俺を見つけるなら、その帰り道、つまり俺とは向かい合っているはず。だが俺は――

「肩を叩かれた」

 仮に左右の道から帰っていたとすれば、そもそも俺の姿を認識する前に家に入る。

 しかし、だ。

「何であいつは宝石のことを?」

 意味が分からない。理屈も通らない。そんなの、家の中で透明になって俺の盗みを見ていたくらいしか……

「いやいや」

 あり得ないだろ。何馬鹿なことを考えているんだ。ああ、もう。面倒だ。名刺には電話番号も書いてある。直接聞いてやる。

 まるで待ち構えていたかのように、ワンコールでつながった。

「よくも騙したな! この眼鏡女!」

「あっははははは」

 その子供みたいな笑い声が、公園に響いた。

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消えるカメレオンと盗む猫 本木蝙蝠 @motoki_kohmori

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