11 なくした灯台

「私を殺してくれないか」

 いつからか彼は言うようになった。

 あの後天界に戻った彼は、兄ロウァルの死を知らされた。いつかセインリエスに負わされた傷が原因で急激に体調が悪化、そのまま帰らぬ人となってしまった、という話だ。ガンダリーゼはそれ以降、口をきいてくれなくなった。

 愛する人を失い、ようやく和解できた兄も失い。生き地獄のようなこの状況の中でさらに、生きることを強いられる現状。セインリエスは壊れ切り、ひたすらに死を望んだ。その間の記憶はない。ただ虚ろに生きていた。

 そしてそれから三千年後に、その機会は訪れた。大陸国家シエランディア、プルリタニアの南西の地で、神封じの旅の一団が現れたのだ。彼はその一団に積極的に攻撃を仕掛け、最後に発動する危険な罠も仕掛け、彼らが自分を殺すように仕組んだ。

 そして。

「――その首、もらったッ!」

 黒衣の少年がセインリエスに迫る。セインリエスは薄笑いを浮かべて言った。

「残念だったね、君たちの敗北だ」

「何――ッ!」

 少年が動揺した、直後。

 少年の刃によって、セインリエスの首は跳ね飛ばされた。

 どうせ自分が死ぬのなら、最後には最悪の置き土産を遺そう。

 セインリエスが仕掛けた罠がどうなったのか、自分で見ることはかなわないけれど。

――ああ、これでようやく、君に会える。

 最後の思考の中でそう思い――彼の意識は消滅した。


 霧の神セインリエス、雨の神ロウァル。兄も弟も失って、残るは真ん中のガンダリーゼのみ。周囲の神々が死んでしまっても、彼は決して死を望むことはない。

「……セインの奴は愚かだった。生きることはこんなにも、楽しいことばかりなのになぁ」

 ふっと皮肉気な笑みを漏らす。

 あの後、セインリエスの最期のたくらみは無事成功した。神封じの旅の一団は見事に混乱し、壊滅状態に陥った。自分の死の道連れに、彼は自分を殺してくれる人たちを選んだのだ。その冷酷さは、ティアと一緒にいた頃には存在しなかったもので。

「教訓。神が一人の人間を愛しすぎてはいけない。そうしたら……セインのようになる。人間好きな闇神は確かに人間と関わるが、一人の人間に強い執着を抱いたことはない。その意味が分からなかったのか愚弟」

 ふぅ、と彼は溜息をつく。

「でも……人間というのは面白い。関わりたいと思う気持ちはわかる。それならば」

 彼は天に手を伸ばし、地上界への扉を開く。

「俺やハインのように、程々にすればいいのにな」


 天界で、この話は語り継がれることになる。

 一人の人間を愛しすぎたがゆえに破滅した霧の神セインリエス。その話は一種の教訓として。

 だが、他の神は知るまい。そうやって破滅する前のほんのわずかなひととき。セインリエスがどのような日々を送り、愛する人との幸せを噛み締めていたのか。彼が感じていた生きることへの喜びなど、そんなものは語り継がれない。

 ティアは確かにセインリエスを救ったけれど、同時に彼を壊した。別れは仕方のないことだけれど、ティアはとても残酷なことをした。


――僕の灯台は、どこにいるの。


 その叫びは、誰にも届かない。


(完)

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TEARdrop――魂込めのフィレル外伝 流沢藍蓮 @fellensyawi

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