蔓人間

東 京介

増殖

「どうした。潔く切腹致せ」


 検視役の役人が、静かに言い放つ。

 ある男が、切腹の沙汰を言い渡されていた。複数の殺人の罪であった。名も家も分からぬ正体不明の男だったが、その振る舞いがあまりにしおらしく、しきりに「死ぬべきだ」と繰り返すので、慈悲深い上役人は、打ち首ではなく切腹が妥当だとした。


「お侍さま。無礼を承知で申し上げます。どうか、あっしの話を聞いていただけませんか」


 白無地の小袖を着た罪人は、変に町民じみた、商い人のような話し方をしていた。


「よい。聞くだけ聞いてやろう」

「ありがたい。単刀直入に申しますと、あっしを斬るのは、少々不味い気がするんでさあ」


 役人は顔をしかめた。周りの、介錯人や御付きの武士たちも、それを聞いたものは皆不快だと思った。これまでの沈みいった態度はどうしたのかと、裏切られたような気分になった。


「貴様、今更命乞いか。高潔な男だと認めて、切腹の命が降りたと言うのに」

「いえ、命乞いなどとんでもない。あっしは死ぬべきだ。しかし、なんといいますか、斬るのは不味い。介錯人は不要だと、そう申し上げたい」


 場がどよめいた。

 切腹は、この時分に於いて「許し」であった。自らの罪を、自らの手で雪ぐという、汚れた罪人の、最期の誉れであった。故に、苦しまぬよう介錯が入るのだ。


「そうまで己が罪を悔やんでいるのなら、何故殺人など犯したのだ。何か理由があったのではないか」


 役人が訝しげに言うと、罪人は数秒ほど俯き、ゆっくりと顔を上げた。その顔は、能面のように白く、貼り付けたようだった。


「はあ。この際、お教え致しましょう。あっしは、人様を殺めた覚えなどない。しかし、どういうわけか、無性に、死ぬべきだとそう思うんでさあ」


 役人は、この男が言っていることが分からなかった。死を前にして、いよいよ気がちがってしまったのかと、一人で納得した。

 罪の重さに狂ってしまうほどの君子は、今までにも見たことがあったからだ。


「忠告は十分ですな。それでは、慎んで切腹致す。どうか、介錯はなさらぬよう……」


 しばらく沈黙が続いて、罪人は盃を口にし、片肌を脱ぎ、黙礼してから短刀をとった。

 介錯人は、いつものように刀を構えた。


 動作は一瞬だった。躊躇いなく突き立て、引き回した短刀に合わせ、介錯人もまた首に刃を下ろした。

 介錯人は、優れた腕を持った熟練の剣士だった。しかしどうしたことか、皮一枚残すはずが、まさに勢い余ったという具合に、首を切り飛ばしてしまった。


 皆一様に、間抜けに口を開けていた。介錯の無作法など目ではなかった。残った胴体、その断面には、しわがれた薄茶色があった。人のそれではなかった。


「なんと薄気味悪い。首からも、腹からも、血の一滴も流れ出ぬ。断面も、まるで木の幹のよう……」

「ええ、ええ。あっしもそう思いますよ。我ながら気持ち悪くてたまったもんじゃない」


 転がった首が、変わらぬ調子で声を上げた。その顔には苦痛の欠片も無く、ごく普通に瞬きをしていた。むしろ、あくびをしそうなほど退屈の滲んだ顔だった。


「し、喋っておる。貴様、まさか物の怪だとでも言うのか」

「まあ、そうなんでしょうな。だから、斬らない方がいいと申し上げたんでさあ。あっしとしては、斬られるのが目的だったんでしょうが」


 その場には、罪人と役人だけが残っていた。他の者どもは、青ざめた顔で刀を放り出し、飛ぶように逃げ帰ってしまった。


「斬られるのが目的とな」

「ええ。すぐ分かります。あっしはもう、手前の使命を理解しやした」


 首の落ちた罪人の胴体から、みしみしと音を立てて、灰茶色の樹木が生え出でた。そして、その紋様が人の、それも罪人と寸分も違わぬ顔に化けるかというところで、その身体が立ち上がり、ふらふらと何処かへ歩き去ってしまった。

 役人に、これを止める術はなかった。


「これは……」

「なんと申しますか、まあ、人と同じでしょうな。こうして増えるものもあるということで」


 そう言う罪人の生首からも、人の形をした木が生え始めている。立ち上がっていく顔に、役人は言い知れぬ恐怖を感じた。しかし、動くことはできなかった。手脚が棒のようだった。


「き、貴様は一体なんなのだ」

「さあ。ただまあ、人殺しではなかったようで」

「何故そう思う」


 樹木が、人として確立していく。


「あっしの親元……どのくらい続いているのかは存じませんが、人殺しはそいつなんじゃありませんかねえ。裁かれなきゃあ続かねえものもあるってね」


 罪人がそう言い終わったとき、木は人となった。そこらの粗布を身に纏うと、怪物は「あっしは天命を果たさねえといけません」と呟き、投げ捨てられた刀を拾い上げた。


「こうして増えるってのも、いいですな。命の慶びに感じ入る。お侍さまも、増えてみたらどうです……いえ、冗談。あんたたちが増えたら、その分あっしも増えちまいますから……」

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蔓人間 東 京介 @Azuma_Keisuke

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