第12話 腕の傷と 心の傷と

私の非利き腕には、無数の傷が残っている

手首から肘のちょっと上まで

深い白線のようなぷくっとふくれたとても目立つ傷もあれば

ためらい傷といわれる浅くて赤い線のような傷もある

リストカットをしていることをカモフラージュするために

時には利き腕に浅くて醜い、まるで猫に引っかかれたかのような

今では傷跡も分からないくらいの、情けない傷も残っている


16歳の高校一年の初夏、賃貸ながらも広くてきれいなお風呂場で

母が使っていたとてもよく切れるカミソリを、何となく手に取った

動機は、ちょっと目立ちだした口ひげと整っていない眉を剃ろうと思っただけ

本当に、だた、それだけ

だけど、風呂場の鏡に映る自分を見ている時

何かが、つぶやいた

「これで、あなたの血、見てみたくない?」


正常な人であればこんな状況に陥ることは、まずないはずだ

でも、当時の私はきっと正常じゃなかったんだよ


その声に従うかのように

恐る恐る、自分の左腕にカミソリを押し当てた

「安全ガード」のついてない

本物の刃が丸だしの切れ味抜群のカミソリが

皮膚にゆっくり沈んでいく


痛みは、ない

分からないといった方が正しい

切った傷跡からじゅわっと玉のような血があふれ出す

それを見た瞬間、なぜかとても感動した

「私、生きてるんだ」と


これまで、同級生からのいじめや

父親からの人格否定をさんざん受けてきたから

自分がこの世にいるのは悪いことなんだと刷り込まれていた

だから、生きているって思うこと、その思考を停止していたんだろうな


血を見て、感動した

生きてる

誰が何と言おうと、生きてる

滴り落ちる血を眺めながら

もっと見たい気持ちが爆発して

「これが、生きている証拠」って思いながら

無数に腕を切りつける自分が

壊れているなんて、微塵にも思わなかった


それからは、何にもなくてもただ何となくリスカをする

たまには手首を切ってみたり

チョット切り過ぎて、5針くらい縫うこともあった


そんな10代を過ごし

いつの間にかリスカをしなくなったのは、二十歳を超えた頃だった


未だに残る、非利き手の腕の傷

必死にもがき苦しみ、生き抜いた10代の私の「生きた証」


恥じることはない

長そでで隠すこともない

聞かれたら、ありのまま答える


これが、私だから





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