人形師の手稿 Ⅳ
十五
そうして私は目を醒ました。
私は泣いていた。彼女の写真を抱えるまま、なり損ないの人形達のその上へ横になり、空しさのままに眠っていた。体中を冷や汗がつたっているのが判る。
「酷い夢を見た」―――そう、私は思った。思えるだけの気力があった。人形造りに思い悩むまま、写真を抱えるままに眠り込んだりしたから、あんな悪夢を見たのかもしれない。
『屋敷は火事で無くなった』
『介抱した男の持っていたカメラと、その写真』
『外国人の人形師』
そうした事実を聴いていたからこそ、みた悪夢に過ぎない。
きっとそうに違いないのだ。
―――そう、落ちつけようとしたのも束の間。私は自分の衣服が、身体が、毛髪が。夢の中で体験した通りに傷を負い、水膨れを生じ、焼け焦げている事に気が付いた。
私は呆然とした。
「もし、あの体験が現実だったとすると、本当にこれは―――この、美しき少女の写真は、人間を用いた球体間接人形だということになってしまう。私はそんな、そんな―――私の望みとは全く異なるようなものに、惚れ込んでしまったというのか。………額縁の中にしか、君は居なかったとでもいうのか。だから私に造り出す事は、かなわなかったのか」
悪寒が私を支配してゆく。絶対にあり得ぬ筈であるのに、それを信じきれぬ私がいる。そしてまた、ふと思う。夢の中の彼が造る人形もまた、彼なりの人形造りの到達点でしかなかったやもしれないのに。私は、それを否定して―――。
然し、確かに、確かに私の惚れ込んだ幻想は、目の前に存在するのだ。ここに、この額縁の中に存在するのだ。
それをどうして―――。
どうして私は、造り出すことが出来ない。
「せめて彼女を生かしたい」
「炎に呑まれていった彼女たちを。私が壊した彼女たちを、生かしたい」
途端、私は再び、人形を造り始めた。
この写真の少女は、確かに私が、夢の中に見たように、人間を用いて作り上げられた理想なのやもしれない。が、ならば私は、何年時間がかかろうとも、この写真の少女が、写真の中に存在する少女が、まさしく此処に『存在する』と―――私以外の人間が、そうであるとしか思えぬ人形を、造り上げればよいのである。
もしかすると私は、死ぬまでこの少女に巡り合えぬのやもしれぬ。満足できぬままに、死んでゆくのやもしれぬ。だが、私一人が、私一人だけが、その人形を『写真の中の少女でない』と思うままに死んでしまえば―――それはつまり、私と云う『否定』そのものが死を迎えた事になるのではあるまいか。
ああ―――きっと、だから私は、彼女に惚れ込んだのだ。
その
私の成就は、私一人が苦悩のままに死ぬ事である。
少女を―――
ただ―――それだけの為に。
* これを読んだ私は、その地へ向かい、煉瓦の下を掘り返した。然しそこには、人間の骨など埋まっておらず、只、なにとも判らぬ動物の、色々の小さな骨ばかりが、無数に埋まるばかりであった。
額縁の中の現世 宮古遠 @miyako_oti
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