星が刺さった夜 - 八個の大きな金平糖 -

七紙野くに

星が刺さった夜 - 八個の大きな金平糖 -

サージが眠ろうとしていると窓の外からトントントントトトンと音がしました。

「なんだろう」

気になって外に出てみると雪一面のお庭の一部がぼんやりと光っています。

そうっと近付いてみました。

金平糖のような形をしたおにぎり大のものが土に刺さっています。

それはほんのりと明るく周りの雪は融けていました。

サージは手を伸ばしました。

「おうちに帰りたい」

「えっ」

「おうちに帰りたいの」

金平糖は喋ります。

どうしていいのか分からないので家へ入れてあげることにしました。

一つ二つ三つ……

七つで両手がいっぱいになったのでひとまず立ち上がります。

「トレーニを置いて行かないで」

腕の中の一個が大きな声をあげました。

どうやら残った一個はトレーニという名前らしい。

サージは言いました。

「大丈夫。ここは誰も来ないから。すぐにトレーニも私が連れて行くわ」

トントントントトトン。

不思議です。

サージが家へ向かって駆け出すと、さっきと同じ音がサージの足下から出ます。

テーブルの上に金平糖たちを置いたサージはトレーニも取りに行きました。

「はい、トレーニも連れてきたよ」

「ありがとう」

「ありがとう」

みんなが少し明るく輝きました。


「あなたたちはどこから来たの」

サージは尋ねました。

「暗くて静かなところ」

「そこで八人でずっとダンスをしていたの」

「ダンス?」

不思議そうな顔をしたサージは次々と聞きます。

金平糖たちも話し続けます。

「そう、踊っていたの」

「くるくるくるくる回っていたの」

「なんでここにいるの?」

「それがいつものように踊っていたら、とっても大きな流れ星が通って」

「それに引っ張られてここに落ちて来ちゃった」

「これからどうするの?」

「帰りたいのだけれど」

「うん」

「うんうん」

みんなが頷きました。

「どうやったら帰れるの?」

「分からない」

金平糖たちは不安そうに暗くなったり明るくなったりを繰り返しています。

サージも困りました。

元の場所なんて分からないし戻すなんてもっと。

「うーん」

「今夜はここで眠れる?」

返事がありません。

「すぐに帰してあげる方法を思い付かないの」

「そう……」

一個が寂しそうに答えました。

「きっと大丈夫。来たんだから帰れるよ、その内」

サージはまだ暖かみを持った金平糖たちに、ふんわりと毛布をかけてベッドに入りました。


翌朝、声で目が覚めました。

「白いよ!」

「眩しいよ」

金平糖が騒いでいます。

「朝よ」

サージがカーテンを開きます。

「わー」

「こんなの見たことがない」

「僕たちがいるところのどの星より明るいよ」

「お日様、見たことないの?」

「お日様?」

「太陽とも言うわ」

「知らない」

「知らない知らない」

「これだけ白いと僕らが踊る場所はないね...」

サージは困るのにも慣れてきて普通に食事をとりました。

洗濯物を干したあと、金平糖たちをバスケットに入れもう一度、外に出ました。

「どう、寒い?」

「私がいたのはもっと冷たいところ」

「そうそう」

「それよりここはいろんなものがあるのね」

「いろんなもの?」

「上は青くて広くて浮いているものがあるし横には棒がいっぱい立っているし」

「下は真っ白だね」

空と森と雪の話をしているようです。


「サージ、お兄さんから手紙だよ」

郵便です。

「そうだ!」

サージは郵便屋さんに金平糖たちを紹介し、相談しました。

「元に戻してあげられない?」

「うーん」

「隣の村でロケットを作っている人ならいるけど」

「ロケット?」

「大きな打ち上げ花火みたいなもので宇宙まで行けるらしいよ」

「宇宙?」

「この子たちがいたところだよ」


次の日、サージは隣村へ行ってみることにしました。

「夕方まで出かけてくるからそこで待っててね」

「夕方って?」

「お日様がさよならするころよ」

「なにしに行くの?」

「あなたたちを踊っていた場所へ帰せるか話しに行くの」

「それなら僕たちも連れて行ってよ」

それもそうだとバスケットを用意し家を出ました。


隣村へは暗い森が続きます。

「照らして上げるよ」

声がしたのでバスケットを開くと道が明るくなりました。


しばらく歩いて隣村の入り口にさしかかりました。

馬を引いた人が来ます。

「あの」

「なんだい?」

「ロケットを作っている人がいると聞いたのですが」

「やれやれ、じいさんのことかい」

困った顔をした村人は言いました。

「あのじいさんになんの用だい?」

「ロケットに載せて欲しいものがあるの」

一層、困った顔になったように見えましたが家の場所は教えてもらえました。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

「すみませーん!」

返事がないので裏庭へ回ってみました。

大きな細長い蔵があり扉は開いていました。

中を覗き込むと薄明かりの中に横になった煙突のようなものが見えます。

「誰だ、勝手に工房に入ってはならんぞ!」

後ろで怒鳴り声がしました。

振り返ると背の高い老人がこちらを睨み付けています。

「ロケットのことはこちらで良いのでしょうか?」

サージはややおびえた声で返しました。

「おまえも笑いに来たのか」

間が空いた後、サージは答えました。

「お願いがあって来ました、この子たちを帰してやりたいのです」

バスケットの中を見せると老人の表情が変わりました。

「こちらへ来なさい」

蔵の奥へ通され説明が始まりました。

「これがロケットだ」

「これで星を星がいる場所まで連れて行けるんですか?」

「あぁ。だがまだ一回も成功しとらん」

「一回も?」

「最初は地上で爆発、次は雲の辺りから落ちてしまい宇宙へは行っとらん」

「いつ行けるようになりますか?」

「それが分かれば完成したも同然じゃ」

サージはお茶を一杯ごちそうになり、住む場所を伝え、家に戻りました。


時は流れ、金平糖たちとの暮らしも一年が過ぎようとしていました。

その日は暖かく雨が降っていました。

「踊れないね」

「ここでダンスしちゃ周りのもの全部、壊しちゃうよ」

元気のない会話が繰り返されます。

「サージ、郵便だよ」

雨合羽の自転車が去っていきました。

差出人名がない葉書を置いて。

「誰?」

一行だけの手紙にはこう綴られていました。

「金曜日の夜八時、星を連れて来い」

サージは金平糖たちに小さく話しかけました。

「まだ帰りたい?」

「帰りたい!」

「帰りたい踊りたい!」

サージは眠りにつく前、お祈りしました。

「金曜日、晴れますように」


カーテンの隙間から差し込む朝日でサージは目を覚ましました。

約束した金曜の朝です。

いつものようにパンにハチミツを塗り、いつものように洗濯をし、いつものように過ごします。

もちろん、いつものように金平糖たちとお話ししながら。


「この家とは今日でお別れよ」

そろそろ陽が傾こうかというころ、金平糖をバスケットに入れたサージは家を出ました。

あの日のように、金平糖が森を照らします。


村の入り口でおじいさんが待っていました。

「よく来たな、みんな」

一旦、おじいさんの家へ案内され、サージたちはお茶をいただきながらお話ししました。

「なぁ、君たち」

おじいさんは金平糖の方を向いています。

「今から君たちを乗せるロケットだが」

「なーに?」

「帰れるとは限らんのじゃよ」

「もしかしたら失敗して君たちはまたどこかに放り出されるかも知れん」

しばらく静かな時間が流れた後、バスケットの中から声がしました。

「いいよ」

「うん」

「いいよ」

「僕も」

「私も」

「うんうん」

「うんうんうん」


「そうか」

おじいさんは一言だけ呟くと、カップに指をかけ窓の外に目をやりました。


「行こうか」

「はい」

おじいさんとサージ、バスケットの金平糖は家を出ました。

森と反対の方角にある開かれた草原を目指します。

ここでも金平糖たちは行く先を照らします。

草原に着いてからどれくらい歩いたでしょう。

金平糖の明かりが塔のようなものを映しました。


「あれが発射台だ」

おじいさんが口を開きました。

サージは不思議な気分になりました。

あれがこれからこの子たちを宇宙へ運ぶロケット。

あまり実感がありません。

でも発射台はどんどん近付いてきます。

とうとうロケットに触れられる場所まで来ました。


「さぁ、乗り込むんだよ」

おじいさんが金平糖たちに言います。

サージも少し重い口を開きました。

「トレーニもいるわね」

「もし無事に帰れたら私に知らせてくれる?」

「いいけどどうやって?」

「そうね、八人で順番に光って、その後、全員で八回点滅して」

「見逃した時のためにそれを二回繰り返して」

「分かった」

「じゃぁね」

「ありがとう」

「ありがとうありがとう」


申し訳なさそうにおじいさんが告げました。

「もういいかな」

「はい」


おじいさんは透き通った卵のような器に金平糖たちを入れ、ロケットの先端にしまいました。


「じゃぁ離れよう」

空いたバスケットが寂しく見えました。


ロケットが小さくなるまで歩くと箱のようなものが置かれたテーブルがありました。

人が集まっています。

「今夜もデカイ花火を見ようぜ」

「空で開くとは限らんけどな」

「わっはっはっは」

村人たちでした。

おじいさんの家を教えてくれた人もいます。

おじいさんはその人たちと目を合わすことなくテーブルに向い、箱のスイッチに手をかけました。

「いくぞ」

サージが無言で頷くとおじいさんの指が動きました。

「うっ」

すごい閃光に思わず顔を覆ったサージでしたが轟音の中、目を見開きました。

ロケットは恐ろしいスピードで夜空を駆け昇っていきます。

どれくらい経ったでしょう、すっかり音も姿もなくなってしまいました。

「なんだ、爆発しねぇのかよ」

「つまんねぇ」

人々は散っていきます。


おじいさんが声を張り上げました。

「サージ!」

指さした先で八個の星がゆっくりと順番に輝き、その後、八回、同時に点滅しました。

それは楽しげにダンスをしているようにも見えました。


もう村人は残っていません。

「帰るか」

そう言われるまでサージは空を見つめていました。


二人はサージが持ってきた材料でごちそうを作りました。

少し遅い夕食になりましたが、それはそれは美味しいご飯となりました。

食卓の中央にはバスケットが置かれていました。

この季節には珍しい草原の花を飾られて。

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