第13話 絶対領域

 私は自分に気合を入れ、長杖を大きく振りました。

 アレン先輩が目を見開かれます。


「おお~。凄いね」


 前方に三つの魔法陣が浮かび――風属性上級魔法『嵐帝竜巻』を三発同時発動。

 暴風吹き荒れる中、私はポケットから呪符を取り出します。

 普通の相手なら、過剰攻撃ですが……ちらり。

 三本の竜巻を見ながら、アレン先輩は微笑を全く崩していません。

 い、一応、上級魔法なんですけど……いえ、極致魔法を封殺する人です。こんな考えを持つ方が間違ってますね。

 十数枚の呪符を放り投げ、簡易魔法陣を周囲に一斉展開。

 アレン先輩が少し考え込まれます。


「へぇ……呪符かぁ。いいなぁ……僕は魔力量が足りないのもあって、あんまり使ったことがないんだよね。テト、今度、使い方を教えて、お?」

「余裕を持てるのも今の内、ですよっ! 先輩っ!! これが、私の全力ですっ!!」


 長杖を掲げ、魔力を解放。

 簡易魔法陣が黒光を発し、一斉に百を超える『鎖』がアレン先輩へ殺到!

 後方に展開させた簡易魔法陣からも、『鎖』で形成された魔法生物の狼を合計十二頭出現させ、同時に攻撃させます。

 更に――竜巻を集束。

 一つの巨大竜巻とし、止めの準備はこれで完了!

 まず、『鎖』と狼で足を止め、最後は竜巻で吹き飛ばす段取りです。

 ……これ、故郷で習った対軍用なんですけど、まぁ、今回は相手が相手なので、仕方ないですよね!

 ――徒手のアレン先輩が、左手を軽く握られました。

 次の瞬間、


「!?!!! う、嘘」

「ん~……テトの魔法式はとても素直だね。性格が出ているよ。ああ、上級魔法はちょっと危ないから」

「!」


 百本以上の『鎖』と魔法生物の鎖狼、そして大竜巻が、崩れ去り消失していきます。当然――アレン先輩に届いたものはなく、一歩も動かれていません。

 私の技量では、何をされたのかも理解出来ず、立ち竦む他ありません。

 これだけの数の魔法を一瞬で消すなんて……その時、ふと、幼い頃に読んだ絵本の内容が思い浮かびました。


 ――古の英雄である、『賢者』が誇ったという『魔法に対する絶対領域』。

 

 まさか……これが?

 絶句しているとアレン先輩がひらひら、と手を振られました。


「さ、続きをしようか。出来れば呪符多めが良いな。面白い魔法式だし、とても興味深い――ああ、今、魔法を消したのは、タネも仕掛けもないよ? 単に、だから。これも、彼等との対戦までに覚えてみよう!」

「…………リディヤせんぱぃぃ」


 私は長杖を握り締め、離れた場所で優雅に紅茶を飲まれているもう一人の先輩に助けを求めます。何かこの人、とんでもないこと言ってるんですけどっ!

 すると、公女殿下はカップを掲げられました。


「出会った時からそうだったわ。私に魔法を教える際も酷かったんだから。頑張りなさい」

「そ、そんなぁ……」


 頼りの先輩に最後の命綱を絶たれた私は、思わず情けない声を発しました。

 ……あと、言葉とは裏腹にリディヤ先輩、とっても嬉しそうなんですけど。

 アレン先輩が肩を竦められます。


「酷くなかったろ? むしろ、魔法が使えるようになって僅か一日で上級魔法を使いこなした挙句、その翌日には『火焔鳥』を僕へ撃ってきた誰かさんの方がよっぽどだと思う。これだから天才は……テト、リディヤの真似をすると道を誤るからね? 大丈夫。君は僕が守ってみせる!!」

「はぁ!? ……テト、あんた、どっちを選ぶわけ? 即答しなさいっ!」

「え、えーっと……あの、その…………ア、アレン先輩と、リ、リディヤ先輩の良い所を、どちらも見習いたい、と思います……」

「「…………」」


 私の言葉に先輩方が沈黙されました。

 リィネさんが口元に手を当て、アンナさんと楽しそうにお喋りされています。


「(アンナ! テトさんって、凄い勇気があるわねっ!)」

「(そうでございますねぇ♪)」


 ……もしかして、私、選択肢を間違ったかも?

 リディヤ先輩がカップを置かれ、立ち上がられました。

 そして、そのまま私の隣へ。

 不敵な笑みを浮かべられ、腰から剣を抜き放たれ、それはそれは楽しそうにアレン先輩へ突き付けられました。


「テト、とても良い心がけよ。うふふ……そうね。最初からこうすれば良かったんだわ。ねぇ? 私も参加して構わないわよね?」

「…………アンナさん、僕にも杖か剣を貸していただけますか?」

「はい☆」


 リディヤ先輩の言葉に先輩は額を抑えられ、メイド長さんへ武器を要求されました。

 すぐさまアンナさんが対応され、訓練用の剣と長杖を手渡されます。

 ……え? 

 今、どうやって移動され「乙女の秘密でございます☆」と呟かれ、姿が掻き消えます。あ……ハイ。

 先輩が剣と杖を構えられながら、尋ねられます。


「リディヤ、流石に僕は動いて」「ダメ☆」

「……無理」「じゃない。大丈夫よ、攻撃魔法は使わないから☆」

「テト……君はこうならないようにね?」「テト、分かってるわね?」

「…………」


 私は杖を握りめ、目を瞑りました。

 故郷のお母さん、お父さん……帝都はとんでもない所です。

 大学校を卒業したら、そっちへ帰って、小さな魔道具屋さんでも開いて、細々と生きてゆこうと思います。

 でも――それまでは。

 目を開け、もう一度杖を高く掲げます。

 アレン先輩へ一言。


「やっぱり、このままは悔しいので、何としても先輩をぎゃふん、と言わせようと思います。リディヤ先輩、よろしくお願い致します!」

「テ、テト!?」「いいわ。それでこそ私の後輩よっ!」

「いきますっ!!!!!」


 私は杖を振り降ろし、全力で魔法を発動させるのでした。

 ――なお、この後、私とリディヤ先輩の二人がかりでも、アレン先輩を光の円から追い出すまで、かなりの時間がかかったことを付記しておきます。接近戦まで強い魔法士って、おかしいと思いますっ!!!

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公女殿下の家庭教師外伝 私と騎士と先輩と 七野りく @yukinagi

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