第12話 訓練場

「え、えーっと……あ、あのですね……わ、私は一般人なので、せ、先輩達の御相手をするのは、む、無理かな~って、思うんですが……」

「ん~そうかい?」

「そうですっ! リディヤ先輩と相対したら――……」


 脳裏に浮かんだのは恐るべき炎の凶鳥。はい、死にましたー。

 なら、魔法禁止—―……ちらちら、とアレン先輩を見ては、とても嬉しそうにされているリディヤ先輩を確認します。

 ……この人の異名、『剣姫』なんですよね。無理です。無理無理!

 紅茶を飲み、アレン先輩へ訴えます。


「訓練になりませんっ!」

「なら、僕とやるしかないね。リディヤとはしたくないのなら。大丈夫、接近戦は無しだ」

「……そ、それなら、まぁ」


 不承不承、頷きそうになり――先日、アレン先輩に心を折られていた、同級生達を思い出します。

 接近戦は無し。

 つまるところ、今から私がするのは……アンナさんが苦笑され、リィネさんが目を輝かせます。


「まぁまぁ……テト御嬢様は、とてもとても勇敢でございますね」

「兄様の魔法! とっても楽しみですっ!」


 ……あ、あれ?

 もしかして、私、選択肢を間違えたんでしょうか?

 で、でも、リディヤ先輩を相手にする方が辛い筈です。そうです!

 アレン先輩はニコニコ。……ふ、不吉な。


「飲み終えたら早速始めようか。リディヤ、用事があるなら此処で別れてもいいよ? リサ様も王都へ来られているんだよね?」


 炎羽が舞い踊り、肌が焼けます。

 リディヤ先輩がアレン先輩へジト目。


「……どーして、そういう話になるわけ? 下僕は、何時如何なる時も、御主人様の傍にいないと駄目なのよ? 分かった? 分かったら、返事っ!!!」

「はいはい」

「はい、は一回っ! 今日は泊まらないと駄目っ! ……テト」

「は、はいっ!」


 私はその場で立ち上がり、最敬礼。アレン先輩が左手を振ると、炎羽が一瞬で消失しました。

 リディヤ先輩が私へ激を飛ばしてきます。


「いい? こんな奴、ぎったんぎったんにしちゃいなさい。手加減はいらないわ」

「は、はいっ! 了解しましたっ!!」

「酷いなぁ……どう考えても、この中だと僕が一番普通」

「ないわね」「ないと思いますっ!」「兄様はとっても凄いです☆」


 私達はアレン先輩の言葉を遮り、全否定。

 すると、先輩は困った顔をされて、メイド長さんへ視線を向けました。


「……アンナさんなら分かってくれますよね?」

「アレン様♪ 先程の『リサ様』との御発言、奥様へ御報告しても? 今晩、お泊りする御用意をしておきます☆」

「……世の中は厳しいですね……」


 アレン先輩は肩を竦められて、嘆息されました。

 そして、私へ片目を瞑ってきます。


「それじゃ、テト、僕と少し魔法の特訓をしようか。大丈夫。僕に出来ることは、君なら何れ、全て出来るようになるからね」


※※※


 内庭を離れ、私達はリンスター公爵家内の訓練場へ向かいます。

 当たり前の話ですが……公爵家の御屋敷に入るのは、今日が生まれて初めて。

 どうしても、色々な物や本物のメイドさんに目がいってしまいます。うわぁ……メイド服、可愛い……。


「テトさんは、西方の御出身なんですか?」

「! あ、は、はいっ! そ、そうです。西方、といっても、西都みたいな都会生まれじゃありませんけど……」


 突然、隣を歩いているリィネさんへ話しかけられました。

 年齢は十歳前後に見えますが……この子、将来、間違いなく美女になりますね。

 前方では、アレン先輩とリディヤ先輩が仲良くお喋りをされています。「だからぁ……アンコを甘やかし過ぎなのよっ!」「仕方ないだろ? だって、アンコさんなんだよ? 散々、御世話になってるし……教授よりも」「それは、そうだけどぉ……でも、膝上にずっと乗せてるのはダメっ」「何でさ」「何でって……う~」。

 ……この二人、これで付き合っていないんです。世の中の法則が乱れますね。

 幼い公女殿下が目を輝かせます。


「私、王国西方って行ったことないんです。……いえ、北方も東方もですけど。西の方では、飛竜がたくさん飛んでいる、って、本当ですか?」

「そうですね。グリフォンよりも一般的かもしれません」

「テトさんも飛竜に乗られたことがあるんですか?」

「実家では、少しだけ」

「わぁぁぁ♪ アンナ、うちでも飛竜、飼わないのかしら?」

「ん~そうでございますねぇ。やはり、南方ではそこまで個体数がおりませんし……飛竜の方が気性も荒うございます。中々、難しいかと」


 メイド長さんがリィネさんへ、丁寧に回答します。流石は、リンスター公爵家のメイド長さん、お詳しい――屋敷を出て石廊へ出ます。

 アレン先輩が振り返りました。


「リィネ、空を飛びたいのなら、グリフィンや飛竜も良いけれど、飛翔魔法とかどうだい?」

「……兄様、リィネを子供だと思ってからかっておいでですね? 飛翔魔法を使える魔法士なんて、大陸全体で五指に足ります!」

「確かにね。でも、何時かは出来るかもしれないよ?」

「でも」「着いたわよ」


 リィネさんが反論される前に、リディヤ先輩が目の前の重厚な扉を押されました。

 そして、そのまま中へ。私達も後へと続きます。


「うわぁぁぁ~」


 訓練場は、王都にあるとは思えない程の規模でした。

 円形で、十分、競技会場になりそうな規模です。

 アレンさんが奥へと進まれ、振り返り私を呼びました。


「テト、おいで。アンナさん、彼女に訓練用の長杖をお借りしても?」

「あ、はーい」「畏まりました。テト御嬢様、此方を」


 私はいつの間にか、立派な長杖を持たれていたアンナさんからそれを受け取り、後を追います。

 途中で後方をちらり。

 これまた何時の間にかテーブルと椅子が設置され、不満そうなリディヤ先輩と、楽しそうなリィネさんが座り、アンナさん以外のメイドさん達も後方に控えています。

 ……え? 

 私、こんなに大勢の人の前で、アレン先輩に挑まないといけないんですか!?

 先輩が立ち止まり、左手の指を鳴らされました。光が地面を走り、大き目の円が形成されました。光属性魔法!


「さて、始めようか。テト、僕は反撃しない。君の勝利条件は」

「――……先輩を、円から追い出したら、ですね?」

「正解。あ、僕はとってもか弱いから、出来れば手加減をしてくれると嬉」


 私の頬を超高速で何かが通り抜け、アレン先輩を襲撃!

 ――気づいた時、先輩の指は炎の短剣を挟み込んでいました。は、はぁ!?!!


「……リディヤ、酷いよ」

「卑下禁止っ! テト」

「は、はいっ!」


 背筋が勝手に伸びます。こ、これが、学びなんでしょうか……。

 リディヤ先輩の指示が飛びました。


「初手全力でいきなさい。手加減なんて一切不要。そいつの異名は『剣姫の頭脳』。私の唯一の相方よ。……意味、分かるわね?」

「り、了解ですっ!」

「……その異名、本気で採用されるんだ。はぁ……ま、いいや、それじゃ」


 アレン先輩の指から、炎の短剣が消失しました。

 私は帽子のつばに触れ――長杖をくるり、と回します。


「いきますっ!」「うん、おいで」

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