2011年【疾風】14

「ちょっと、勇次。どうしたの? せめて、事故から守ってくれたお礼をいうチャンスを」


 言葉尻がごにょごにょとなっているあずきに青春を感じる。

 疾風の含みあるうなずきに気づいたのか、あずきはごまかすようにたずねてくる。


「そうだ、シップーさん。いまの無謀な運転って、単に脇見してたせいですよね?」


「ん? 事故検分にきた警察のまねごとか?」


 即答できなくて、そんな風に返してしまう。

 呪いのせいにして、女子高生に馬鹿にされたくなかった。

 そもそも、自分の運転をミスった言い訳は嫌いだ。真摯に反省しなければそれ以上の成長はないだろう。


「警察のマネとかじゃなくて、ここに来る途中で、勇次が意味不明なことを言ってたんですよ。『ひとりかくれんぼ』をやるから、安心させようとしたのかもだけど」


「いつも、意味不明なことは言ってるが。今回はどんなことだ?」


「えっとですね『店長がいうには――』あ。この店長ってのは、守田くんのお父さんのことだと思うんですけど。『店長がいうには、中谷勇次は生い立ちから呪われてるみたいで、生半可な呪いならば日常と変わらない』って」


 逆恨みから悪に復讐されて瀕死となった母親が、自分の生命を犠牲にして産まれたのが勇次だ。


「あたしは勇次の生い立ちとか詳しくは知らないけど、あいつの日常なら一学期分だけは知ってるつもりです。はっきり言って、勇次の日常は異常です。ちょっと巻き込まれただけなのに、こわかったですからね」


 高校一年生の夏休みを生きる勇次は、特殊な生い立ちに匹敵する出来事をいくつも乗り越えている。


「なのに、どうやら店長さんは『ということは、勇次くんは魔法や呪いに関してリスクがないのと変わらないってことじゃないか。よっし、予行演習がてら『ひとりかくれんぼ』に似た魔術でもしてみるか。人数は多いほうがリターンも大きくなる。だから、なんとかなりそうな、勇次くんと裕と川島くんは確定として。あとは、誰がいい?』それで、勇次は誰かの名前をあげたらしいんですよ」


 闇の中、あずきの顔が赤く光る。

 ホラーチックな演出をするのは、救急車の赤色灯だ。

 一定間隔で暗くなる中で、あずきの赤い顔は恐怖に彩られている。


 目の前を通り過ぎる救急車を見つめながら、あずきは口を開く。


「串松の店長さん」


 やかましく鳴るサイレンにかき消されたはずなのに、確かに疾風には聞こえたのだ。

 串松の店長に、不幸になってほしいという願望が幻聴を生みだしただけかもしれない。


 救急車が引き返してきた方角には、串松があるのだけれども、気のせいだ。

 あの店長では、呪いに抗えずに病院に運ばれそうではあるが、知らん。

 もう考えたくない。


 話題の変化を求める疾風にとっては、ちょうどいいタイミングで勇次が戻ってきた。


「おお、勇次。どこ行ってたんだ?」


「兄貴の車に誰か乗ってたから、蹴って追い払おうとしたんだけどよ」


「もういいから、そういうの。いい大人は、ビビらねぇから」


「嘘じゃねぇって。本当にいたんだ。けど、蹴ろうとしても避けられて、気づいたら逃げられてた。シンデレラよろしく、助手席の足元になんか残してたから拾い上げたら、兄貴の携帯電話だったし。意味がわかんねぇ」


 勇次は疾風の携帯電話を握りしめたまま首をかしげている。

 もしかしたら本当に、MR2には蹴りが通用しない人ならざるものが乗車していたのかもしれない。


 暴力的な除霊ありがとうございました。

 さすがは中谷勇次。

 守田店長に『呪われた日常を送る男』と言わしめるだけはある。


 もうひとり、店長に認められた男がいた。守田裕は無事なのか。勇次が持ってきてくれた携帯電話を使って、すぐに連絡をとろうとする。

 守田からメールが届いていた。


『千秋先輩が来てくれるって! やりました!』


 得体のしれないものを蹴ろうとする奴や、不幸が起きていても目当ての女性がいればわからない奴と、疾風も同等なのだ。


 超常現象を寄せ付けない運転技術を駆使して最速で家に帰り、ひとりなんとかをしてから寝よう。



 了

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『超常現象代理人』 郷倉四季 @satokura05

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