2011年【疾風】13
サビが終わりに近づく頃には、車内で一人ライブをはじめていた。
「みつけたい、みつけたい、愛の光を♪」
疾風が気持ちよく歌った途端に、音が飛んでしまった。
タイミングの悪さに不満を感じていると、電話が鳴った。
バケットシートの五点式ベルトを装着している状態では、助手席に手を伸ばすのも難しい。
それでも運転しながら、手探りで拾い上げる。
携帯電話だと思って掴んだものは、人肌のように柔らかい。
違和感を覚えて左手に視線を向けると、間抜けそのものが口から溢れ出す。
「うぉっ、なんだこれ?」
直感的に気持ち悪いと判断して、手を放す。
「本当に、なんだったんだよ」
手足のついた小人を掴んだ感覚だった。
人形やぬいぐるみの類いだろう。
明確な答えは、助手席の足元の闇へと落ちてしまった。
仮にぬいぐるみだったとして、誰が載せたのだ。
愛車にぬいぐるみが載っているのを知っていたならば、守田兄妹の喧嘩を回避できたのに。
助手席の足元に向かって手を伸ばす。
届かないとわかっているはずなのに、挑戦をやめない。
カーオーディオから流れる曲の音が途切れる。
一番でもサビの部分で音が飛んだ。二番のサビでも同じフレーズがある。
『見つけた――見つけた――を』
なんですか、尾崎さん。
途切れたせいで見つけたって言ってるじゃないですか。それって、まるでかくれんぼみたいだ。
ぬいぐるみに、かくれんぼ。
嫌な予感がした。疾風は態勢を元に戻してステアリングを両手で握る。
進行方向に通行人が、二人で並んで歩いている。
急いで運転に全神経を集中させる。
選択のときだ。このまま人をはねるか、急ハンドルを切ってガードレールに突っ込むか。
はらをくくる。
ガードレールに向かって、ステアリングをきる。
もしかしたら、これが『ひとりかくれんぼ』の呪いの力なのかもしれない。
だとしたら、たいしたことはない。
繰り返されるサビの部分で、音が飛ぶのならば、それでもいい。
疾風には歌う余裕すらある。
「信じたい、信じたい、オレのフンフフ♪」
近づくガードレールとの距離が手に取るようにわかる。
ペダルとステアリング操作で車体を横にふると、どこにもぶつけることなく駐車できる。
いままでの経験値があってこその為せる技だ。日常の駐車でもたまにやっているので、余韻にひたることもない。
チェンジをパーキングにいれて、サイドブレーキをひいてベルトを外す。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
車外に飛び出すと同時に謝った。
だが、あたりに人がいなくて途方に暮れる。
脳に直接イメージを送られたとでもいうのだろうか。
はたまた、幻覚でも見たのだというのだろうか。なんにせよ、呪いの力が馬鹿にできないとでもいうのだろうか。
呪いのビデオでありがちなナレーション
――●●とでもいうのだろうか――
を頭の中で連呼してしまう。
なにもないのならばそれでいい。
MR2に戻って、安全運転で家に帰ろう。
今日だけは速度超過をしないと誓った矢先、疾風は交通ルール無視にひけをとらない違法者を発見する。
結局、死者よりも生者がこわい。
生きているものは、子孫を残そうとする。
どんなところでも。
「青姦をしているとでも、いうのだろうか」
駅弁の体位みたいに抱き合っている男女がいる。
それが、勇次とあずきの二人だと気づいて、疾風は叫びたくなった。
車ではねかけた人物が、運転中に勇次だと気づいていれば、本気になって避ける必要もなかったはずだ。
実際問題、疾風が見失う位置まで、勇次はあずきを抱えて移動している。
事故を運転能力で疾風が回避したように、勇次は身体能力でどうとでもできる。
「申し訳ありませんでした! 見てないので、続きをどうぞ! イクまでどうぞ!」
「ちょっと、シップーさん。なに言ってんですか!」
抱きかかえている猫が暴れて逃げるように、あずきも勇次から離れていく。
ろくに抵抗しなかった勇次は、なにやら難しい顔をしたままMR2に向かって歩き出した。
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