2011年【疾風】12

  ③


 サイレンの音が追いかけるように近づいてくる。

 バックミラー越しに広がる夜の暗闇で赤色灯の灯りが激しく主張している。


 MR2を路肩に寄せていると、目の前の交差点の信号が青から黄色に変化した。

 救急車が突っ切った赤信号の交差点で、疾風は足止めをくらう。


 信号待ちの間に、なにげなく携帯電話を確認する。

 友達のキヨから飯の誘いがメールできていたので、断りの返信をしておく。


 カレーがうますぎたから、またな――送信。


 刺激を与えないとかなんとかって、若者に語っていたくせが、実際はこんなものだ。

 年々、こういうフットワークが重くなっている。

 同窓会にも出なくなっていて、そのうちに呼ばれなくなるだろうという予感がある。


 さっそく、キヨから返事がもどってくる。


 ――あいよ。ラーメンもうまいから、今度な。


 学生時代の友達は今でも大事だし、一生物だ。

 あの頃の仲間と一緒に『ひとりかくれんぼ』ができたならば、きっと楽しいはずだ。


 そんな風に妄想するだけで終わる。

 自分から誘いはしない。

 飯の誘いを断っているのだから、向こうから馬鹿げた誘いがくることはないとわかってもいる。


 なんとも中途半端な大人の疾風を、バカげた遊びに誘ってくれる勇次や守田は、本当にありがたい存在だ。

 かつての仲間と遊んでいた自由な時間を、若い連中と付き合うことで過ごしている。

 こんな風に考えれば、まるで今の友達は昔の友達の代用品みたいではないか。


 断じて、そんなことはあり得ない。

 どちらも大切な仲間だ。


 当たり前な結論を導くのに必死だった。

 それこそ、信号が青になっているのに気づいていなかったほどだ。


 センチメンタルな気持ちじゃ悔やんでばかりだよ、

 と尾崎豊が『傷つけた人々へ』で歌っていたのを思い出す。


 こういうことだったのかと、疾風は理解する。

 信号待ちの間に、携帯電話と向き合ったばかりに「ほなねー」の挨拶を聞き逃してたのを悔やんでいる最中だ。


 気になりはじめているアイドルがパーソナリティをしているラジオ番組のお別れの挨拶なのに。

 一週間の楽しみのひとつを逃すとは。

 上等ォじゃねぇか、センチメンタル。


 こんなことになったのは、全部センチメンタル・キヨが悪い。

 あいつからの連絡を見たせいだと考えて、携帯電話を助手席に投げ捨てる。

 車を発進させるタイミングで、クソつまらないラジオ番組がはじまる。


 カーオーディオをFMからディスクに変える。


 尾崎豊の『愛の消えた町』が流れはじめた。

 ちょうど、さっき頭にフレーズが浮かんだ『傷つけた人々へ』も、この十七歳の地図というアルバムに収録されている。

『傷つけた人々へ』のトラックに変えようかとも思ったが、これはこれで好きな曲である。


 というか、公式に発表された71曲をカラオケで歌える疾風にとって、尾崎豊の楽曲がどれも最高なのは当たり前だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る