2011年【疾風】11
鍋が火にかけられている。
些細な物音にも敏感になっているせいか、三歩後ろをついてくる守田の足音が気になって仕方がない。
「そういや、守田くん。『ひとりかくれんぼ』の終わらせ方を知ってるか?」
守田は喋らない。
口元を抑えているところから、絶対に悲鳴をあげないという意志がみてとれる。
「さっき読んだから覚えてるんだけど『ひとりかくれんぼ』に使用したぬいぐるみは、最終的に燃える方法で処理するんだとよ」
「つまり勇次は『ひとりかくれんぼ』を勝手にした挙げ句に、最終的にぬいぐるみを鍋に入れて燃やしてるのか? カレーを煮込む鍋だぞ、あのサイコパスめ」
守田の体に流れる飲食店の従業員の血が、恐怖に打ち勝ったようだ。
この場にいない勇次に対して、守田は舌打ちをする。
その怒りに任せて、鍋つかみの代用品として布巾を用意する。
「どうぞ、シップーさん」
「任せろ。男をみせてやらぁ」
覚悟を決めて、疾風は鍋の蓋をあける。
閉じ込められていた匂いが広がる。味のついた湯気が晴れると、鍋の中の全貌が明らかになる。
大きく切られた高麗人参やにんにくや生姜や長ネギの入った風呂に、毛のむしり取られた鶏が入っている。
薄いピンク色のお尻がこちらを向き、太ももまで風呂につかっている。
膝から下は蓋で抑え込んでいたようで、開放されたように鍋から飛び出してきた。
折れ曲がって伸びている鶏の細い首が、ぐつぐつと煮込まれたスープの中で動く。
まるで息をするようにスープから、顔が飛び出してきた。瞳がないので、疾風と目はあっていないが、頭はこちらを向いている。
「なんだ、これ?」
理解できたのは、最初に予想していたものが見当違いだったということだ。ぬいぐるみが燃やされてはいなかった。
「サムゲタンですかね」
「なにそれ?」
「鶏を使った韓国料理です。親父の話しだと、日本のうなぎ感覚で食べられてるそうですよ。でも、こんな風に手足に頭をつけたまま料理するのは普通じゃないですけど」
「だよな。こんな八つ墓村みたいになってるのが普通のはずねぇよな」
「にしても、なんでこんな風に丸ごと調理されてんだ。親父のことだからなにか考えがあるはず。頭はダシ、脚はコラーゲンが出るからかな?」
「なんとなく理由がわかるのはさすがだな、守田くん。とにかく、サムゲタンってのは、高麗人参とか長ネギと煮込んだ鶏料理なわけね」
「そうっす。ちなみにメインとなるのは、腹につめた材料ですよ――あ、もち米だ」
「米?」
お互いにピーンときた。
「あいつ。親父と一緒に、ぬいぐるみの代用品を作ってたんじゃないのか?」
「ずいぶんと美味しそうな『ひとりかくれんぼ』だな」
代用品では誰も呪われない。
ひと安心したので、帰ってオナニーして寝ようと疾風は決めた。
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