2011年【疾風】10

 殺人鬼が刃物を振り回してきたら刺されていただろう。

 だが、しがみついてきたのが守田だったために、怪我は負わなかった。


「ちょっと待て。刺されたほうが、いいかもしれん。なんだ、これ。なにがあった?」


 目からは涙を、口からはヨダレを垂らしながら、守田は呼吸を整える。

 はっ、はっ、と息を吐くタイミングで、意志を伝えようとしてくれる。


「たっ、すっ、けっ、てっ」


 たすけて。

 一文字ずつ繋げる単純作業をこなしただけで、頭の中では勇次の奇行が一本の意味あるものとして繋がっていく。


 ごちそうさまの代わりに「オレの勝ち」と語って、勇次は『ひとりかくれんぼ』を終わらせたのではないか。


 実に曖昧な終わらせ方だ。塩水の代わりに、スープを代用品として飲んでいたのも勇次らしいといえばらしい。

 机の下から這い出てきたのは、隠れていたのかも。


「助けてください。シップーさん」


 しゃがれ声で、守田は疾風を頼ってきた。

 もしかして『ひとりかくれんぼ』の悪いものがすべて、勇次ではなく守田に向かったのではないか。


「なんだ。なにをすればいい? 死ぬな。最後になんでもしてやる。守田あああああああああああああああああああああああっ!」


 疾風の叫びとは対象的に、守田は耳打ちをしてくる。


「なんでもしてくれるなら、千秋先輩を呼んでください」


「あ!?」


「千秋先輩ですよ。MR2の走り屋だって言えば、悔しいけど断らないはずなんですよ。オレが誘っただけじゃ、あずきちゃんが力を貸してくれてもダメっぽいのに。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 耳元で叫ばれて、頭がキーンとなる。

 思わず抱えていた守田を床に捨ててしまった。


「うっせぇ。ただ、よくわかんねぇけど、『ひとりかくれんぼ』の影響で、やばくなった訳じゃないってことだな。ホッとしたぞ」


「なんですか、それ?」


 さっきまでの疾風は恐怖にかられていて、正しく守田を見えていなかったのかもしれない。

 守田は店内で横になっているものの、元気そうだ。


「いや、それがよ。勇次が『ひとりかくれんぼ』をやったっぽくてよ。ほら、集団でやろうって話してただろ。もしかしたら、勇次が半端な知識で手を出した影響かなんかで、守田くんが呪われたんじゃないかと思って」


「シップーさん。なにを信じてるんすか? もしかして、びびってるんすか? 子供みたいに、意外なんすけど」


「暗い店内の雰囲気に、多少はのまれたのかもしれんな」


「いやいや、おれからしたら見慣れてますからね」


「それもそうか。日常か。だったら、このにおいも普段からよくあるんだよな?」


「においってのは?」


「ほら、なんかくさいだろ」


 目を見開いたあとに、守田は鼻をつまむ。


「いえ、わかりませんな」


「おいおい、ふざけてる場合かよ。じゃあ、この音はなんだ?」


 次に守田は耳を塞いだ。

 両手を使って鼻を解放したから、においがわからないというのは通用しない。

 キョロキョロと泳いでいた視線が、一点で止まる。


 守田が見つめる厨房から、においと音の元があるのは明らかだ。

 意を決して疾風は厨房に進む。

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