第6話 女神『ピーちゃん』の独白

***


 皆様、こんにちは。


 わたくしはピアネグジュストラ・アグリッピナ・ストゥジェン。勇者様からはピーちゃんと呼ばれております、女神です。


 本日も勇者様は、共にトラックに撥ねられたという奥様を探しておられます。


 読者様の中には、もうお気付きになられている方もおられるかもしれませんが――、



 私がその、『嫁』でございます。


 いいえ、女神に転生したわけではございません。元々女神なのです。

 しかし私は、女神という立場であるにもかかわらず、下界に住む彼に恋をしてしまいました。


 転生前の彼は、人間の世界では決して美男ではないのでしょう。異性に対するアプローチも上手ではありませんし、立ち居振舞いに関しても洗練されているとはいえませんでした。


 けれど、人が恋に落ちるのに、理由なんていらないのだそうです。同僚が地上土産だと言って買ってきてくれた小説に、そのように書いてありました。


 気付けば私は、毎日天から彼の姿ばかりを眺めるようになってしまっていたのです。

 だから、私は地上に降り、まずは傷ついた小さな鳥となって彼の懐に潜り込みました。そしてしばらく飼われ、やがて、その天寿を全うした後は、人間の振りをして彼に近付いたのです。


 それが天界の禁忌というのはもちろんわかっておりました。



 女神の私がトラックに撥ねられるとは誤算でしたが、昨今のトレンドに漏れず彼は無事転生することになりました。まさか勇者になるとは予想外でしたが。

 私はというと、それがきっかけで下界に降りたことがバレ、女神としての資格を剥奪されてしまいました。


 強制オプションなどというありもしない制度をでっちあげ、無理やり彼に同行することに成功したものの、天界からは、ひとつだけ条件を出されました。


それは、私が彼の妻だということを決して明かさないこと。


 人間はトラック転生をしても、女神にはなれません。ということは、私が元々女神だったということをも明かさなくてはならないのです。人間に正体を明かすことももちろん許されることではありません。


 これ以上罪を重ねれば、彼と一緒にいることも出来なくなりますから、今後も私から明かすことはないでしょう。


 涙を呑んで、他の女性とお付き合いされてみてはと何度も勧めました。

 けれど彼は何年経っても、それを頑なに断るのです。その姿を見て、嬉しくなかったといえば嘘になります。


 でもこのままで良いはずがないのです。

 どこかで折り合いをつけて、魔王を倒さなくてはなりません。


 だけど――、



「ピーちゃん、次の街に行こう」


 そう言って勇者様は私の手を引くのです。

 あの日、教会で私の手を引いてくれた時のように、優しく。


 だから。


 だからもう少しだけこのままで、と思ってしまいます。

 だから私は駄目な女神なのです。


「参りましょう、勇者様。私はどこまでもお供致します」


 


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夫婦そろってトラックに轢かれたけど、俺の愛妻が見当たらない 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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