余話
第五巻発売記念SS「ロレアと不審なお客さん」
これは、ロレアがサラサのお店で働き始める前のお話。
その頃のサラサは一人で店を回していたため、なかなかに多忙な日々を送っていた。
日中は店番、閉店後は
それに加えて、日常の掃除、洗濯、食事の準備。
清掃の“刻印”の効果で掃除は比較的簡単に終わるのだが、洗濯は自分でやるしかないし、食事も同様。ディラルの所に行けばそれなりの食事が食べられるが、その時間も惜しんだサラサは、適当な保存食で食事を済ませることも多かった。
では、まったく暇がないのかといえば、決してそんなことはない。
なんといっても、今のサラサのお店を訪れるお客は、採集者のみ。
朝方、仕事前に寄って
必然的にそれ以外の時間帯はとても暇。
だけど、店を閉めるわけにもいかないのが難しいところ。
そんな時間帯を見計らって遊びに来るロレアと共に、休憩を兼ねたティータイムとおしゃべりを楽しむことが、最近のサラサの日課となっていた。
そして今日もまた、ロレアが少し遠慮がちに、お店の入り口から顔を覗かせた。
「こんにちは、サラサさん。今、お時間の方は……」
「いらっしゃい、ロレアちゃん。いつも通り暇だよ~。入って、入って」
カウンターからサラサが手招きすると、ロレアは嬉しそうにお店に入ると、最近の定位置になっているカウンター横の椅子に腰を下ろした。
「今お茶を淹れるから、ちょっと待ってね」
「いつもありがとうございます。ウチで飲むのと比べて、凄く美味しいんですよね、サラサさんのお茶って」
「そう? だったら少し研究してみた甲斐もあるね」
そう言いながらサラサが取り出すのは、この村で一般的に飲まれているスヤ茶。
だがそれは、サラサが自分で摘んできた葉に錬金術で一手間加えた茶葉で、フレッシュさという名の青臭さを取り除き、深みと味わいを引き出したもの。
大きな町で売られている高級な茶葉とは比較にならないが、この村で飲まれているお茶としてはかなりの上位に位置することは間違いない。
そして、そんなお茶に合わせるのは、これもサラサの用意したドライフルーツ。
サウス・ストラグで購入したそれは、砂糖も少しだけ加えられ、村ではなかなか食べられない贅沢品である。
少々貧乏性なところのあるサラサだが、この村で唯一の友達と楽しい時間を過ごすため、ロレアに提供するお茶菓子にはちょっと奮発していたりする。
「さ、どうぞ。お菓子も遠慮せず食べてね」
「はい、いただきます」
お茶を一口飲み、ドライフルーツに手を伸ばしたロレアが笑顔になる。
それを見て、サラサもまた微笑む。
同年代の友達とこうしてのんびり過ごせる余裕がある。
そのことに嬉しさを感じながらも、サラサには少し心配なこともあった。
「……ねぇ、ロレアちゃん、一つ訊いて良いかな?」
「え、あ、はい。何でも訊いてください」
小首を傾げ、コクリと頷くロレアに、サラサは少し迷いつつも口を開く。
「えっと……、結構頻繁に遊びに来てくれるけど、お家のお仕事のお手伝いとか、大丈夫なの? 私としては来てくれて嬉しいんだけど」
これを口にして、ロレアが遊びに来てくれなくなったら寂しい。
でも、やるべきことをやらずに来ているのであれば、ロレア自身のためにもならないし、今後のご近所付き合いにも支障が出ると、少しドキドキしつつも指摘したサラサだったが、ロレアは一瞬キョトンとして、すぐに苦笑を浮かべた。
「あー、それですか。実は今の私って、結構暇なんですよ」
「そうなの?」
「はい。普段は両親が仕入れに行っている間の店番が主な仕事なんですけど、サラサさんが来てくれたおかげで、その回数も減りましたし」
これまでは、採集者向けの
だが、錬金術師であるサラサが店を開いたことでそれらは不要となり、業務内容はごく普通の雑貨屋のものに限定されることになった。
結果として、仕入れの回数は激減し、ロレアが店番をする回数も減ることになる。
「同世代の子たちが毎日働いていることを考えると、少し複雑なんですけど……」
ロレアぐらいの年齢帯であれば、家業を手伝いつつ仕事を覚え、将来的に家を継ぐ準備をする段階であり、本来であれば彼女もまた同じ。
だが、村の中での店番ならともかく、仕入れのために他の町へと連れて行くにはロレアはまだ少し幼く、かといって、村の雑貨屋の仕事など普段は人手を必要としない。
つまり、両親がいればロレアが暇になるのは必然。
一応、頼まれれば他の家の手伝いに出向いたりはするのだが、家族の誰かが病気になったとか、農繁期で人手が足りないとかでない限り、普通はその家の人間で賄える範囲の仕事しかなく、ロレアが呼ばれることもない。
「なので今の私は、家庭菜園をちょこちょこっとお世話するぐらいの仕事しかないんですよねぇ……困ったことに」
「でも、両親がいないときにはちゃんと店番をしてるんだよね? 別に良いと思うよ?」
「そう言って頂けると心も軽くなりますけど……。でも時間があるおかげで、サラサさんから王都のお話を聞けるのは嬉しいです」
「ははは、私も話し相手がいるのは嬉しいかな? ねぇ、折角だし、ロレアちゃんの話も聞かせてくれる? この村のこととか、雑貨屋さんのこととか」
サラサが『私が王都の話ばかりするのはつまらない』とばかりに話を振ると、ロレアは少し困ったように、小首を傾げる。
「うーん、でも、村で事件なんてそうそう起きないですし、雑貨屋の店番も代わり映えしないですよ? お客さんも顔見知りばかりですし……。あ、でも――」
「なに? 何か面白い話?」
ロレアが少し言葉を濁したのを見て、サラサが興味深そうに身を乗り出す。
「面白い……ことはないですね。どちらかといえば不思議なこと、でしょうか」
「不思議?」
「はい。あれは……サラサさんがこの村に来る少し前のことですから、冬の終わり……いえ、早春でしょうか。変わった人がお店を訪れたんです」
ロレアはその時の記憶を掘り起こすかのように、口元に人差し指を当て、少し上を見ながら話し始めた。
◇ ◇ ◇
その日は寒の戻りとでも言うべきか、やや肌寒かった。
良い日和が続き、開きっぱなしにすることも多かった雑貨屋の扉も、風が入らないようにしっかりと閉じられている。
元々客の少ない閑散期、『今日は期待できない』と椅子に腰を下ろしたロレアが外を眺めていると、にわかに雲行きが怪しくなり、外が薄暗くなった。
そして降り始める強い雨。
どしゃどしゃという音と共に、一気に見通しが悪くなった外の景色。
そのことにロレアがどこか心細さを感じていると、突然店の扉が開き、客が一人、入ってきた。
「い、いらっしゃいませ……」
半ば反射的に挨拶をしたものの、その人物を見たロレアの心臓はドキリと跳ねた。
身長はやや高め。
まるで素性を隠すかのように、全身をすっぽりと覆う黒っぽいローブ。
目深に被ったフードで顔も確認できないが、村人は全員が顔見知り、村に滞在している採集者も最近はほとんど入れ替わりがなく、おおよそ把握しているロレアからすれば、入ってきた人物が知り合いでないことを見抜くのは容易い。
ロレアは咄嗟に、親から『何かあったときに鳴らせ』と言われているベルに手を伸ばすが、状況が良くない。
普段であれば、ベルを鳴らせば近所の大人が駆けつけてくれる。
でも今外は大雨。
いくらロレアが頑張ってベルを振り回しても、音が届くかどうか。
ロレアはドキドキしながら、その客の動きに注視する。
そんなロレアの警戒を知ってか、知らずか、ゆっくりと店内を歩き回る客。
その落ち着いた動きに、早鐘を衝くように忙しなかったロレアの鼓動もやがて平常を取り戻し、考える余裕も出てきた。
「(――もしかして、狩り場を変えるため、事前の下見に来た採集者?)」
そう予想して観察してみれば、何を手に取るでもなく店内を観察し、どんな商品が置いてあるかを確認しているその行動も理解できる。
怪しく思えたそのローブも、突然の大雨ということを考えればさほど不思議なことでもなく、ロレアはカウンターの下で握っていたベルからそっと手を離した。
そうして数分ほど。あまり広くはない店内、おおよそ見て回って満足したのか、その客はロレアに声を掛けてきた。
「すまない、一つ訊きたいのだが……ここでは
客が指さしたのは、高級品故にカウンターの奥に置かれた
ロレアは振り返ってそれを確認し、頷く。
「はい、一応は。仕入れても売れるとは限らないし、使用期限もありますから、ほぼ赤字ですけど。サービスですね、村の人たちや採集者への」
「やはり、そうなるか。――他にも村について訊いても良いだろうか?」
「はい、構いませんよ。どんなことでしょう?」
「あー、そうだな。少し抽象的なのだが……住みやすい村か?」
何を訊くべきか、少し迷うように言ったその言葉に、ロレアはしばし考えて答える。
「……住人として言うなら良い村です。常住している採集者も良い人が多いですし。ただ、採集者として儲けになるかは別問題ですね。錬金術師がいないので、素材の売却が難しいんです。ウチでも多少は買い取れますが、普通の雑貨屋ですから――」
雑貨屋のロレアとしては、客となる採集者は増えて欲しいが、虚偽を伝えたところで意味はない。ロレアは正直に、そしてできるだけ公平に自分の村のことを話していく。
そんなロレアの言葉に頷きながら話を聞いていた客だったが、やがて満足したように礼を言うと、結局何一つ商品を買うこともなく、店を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「と、まぁ、そんなことがあったんです」
「へー、そんなお客さんが。……ん? でも、それの何が不思議なの? 話の入り方はちょっと……だったけど」
なんとなく怖い話なのかな、と聞いていたサラサであったが、結果としてはただ雨の日にお店に来たお客が、話を訊いて帰っただけ。
唐突に降り出した雨とか、怪しげな格好とか、若干気になる要素はあれど、殊更不思議と強調するほどでもない。
「いえ、それがですね。その人の姿は村のあちこちで確認されているんですが……宿には泊まってないんですよね。もちろん、村の誰かの家に泊まったということもありません。夕方頃の目撃情報を最後に、忽然と姿を消しているんです」
「えっと……日帰りしたということ?」
「もちろんその可能性もあります。でも、夕方からわざわざ村の外に出ますか? それも土砂降りの雨の中」
「……普通なら、一泊してから帰るよね」
「はい。もし所持金が乏しかったとしても、こんな村ですからね。頼めば納屋ぐらいはタダで借りられます」
「無理して豪雨の中、旅立つ必要もない、か」
「はい。しかもですね」
ロレアはそこで一度言葉を区切り、やや声を潜めて付け加えた。
「後から気が付いたんですが、あれだけの雨の中お店に入ってきたのに、床が全然濡れてなかったんですよね……」
「……わぉ。実はその人って、ロレアちゃんにしか、見えていなかったり?」
ロレアに付き合うようにサラサも声を潜めて言えば、ロレアは慌てて首を振った。
「いえいえ! 目撃情報があるって言ったじゃないですか」
「そうだよね。ちなみに、話をしたのは?」
「それは私だけですけど……」
サラサとロレアは顔を見合わせて沈黙。
身体を温めるように、お茶を一口飲んで小さく息を吐く。
「結局、それ以降、一度もあの女性を見ていませんし……あれは何だったんでしょうね」
「確かに不思議な――あれ? その人って、女性だったの?」
すっかり男性だと思って話を聞いていたサラサは、ロレアがポロリと漏らした言葉に、改めて訊き返した。
「はい。若い女性が一人きり、しかも軽装だったので、良く覚えているんですよね」
この村から隣町まで、馬車の定期便なんてものは存在しないし、自前の馬を持っていたとしても、普通の人間なら一日では辿り着けず、少し特殊なサラサですら半日がかり。
つまり、夕方に村を出れば、途中で野宿が必要になるのは確実。
それにも拘わらず、軽装。
「これは、本格的に不思議な出来事――」
そこまで考えたところで、ふとサラサの頭に、それが可能な人の顔がよぎった。
「……ねぇ、ロレアちゃん。その人って、どんな外見だった?」
「ちょっとカッコイイ感じの女性でした。少し背は高めで、かなり美人で――」
ロレアの挙げるその特徴に、サラサの頭の中でほわほわと一人の女性の姿ができあがり、それは先ほどよぎった人の顔と良い感じにマッチング。
その人であれば、夜の街道を歩く危険性なんて気にする必要もないだろうし、土砂降りの雨すらその身体を濡らすことはできないだろう。
「……いや、まさか、ね?」
この村と王都までの距離を考え、サラサはそれはあり得ないと首を振る。
ここを薦められた時にも、それらしい話は一切聞いてないし、いつも忙しいマスタークラスが、こんな辺境まで時間をかけてくるなんて、考えにくい。
理論的にはそう理解しながらも、『もしかしたら』という考えも捨てきれず。
サラサは『今度会った時に、訊いてみるべき? それとも触れない方が良いの?』と思い悩むのだった。
----------------------
来週、2021年9月18日に『新米錬金術師の店舗経営05』が発売されます。
同時発売の新作、『魔導書工房の特注品(テーラーメイド)』共々、よろしくお願いいたします。
詳細は、近況ノートか https://itsukimizuho.com/ をご覧ください。
[Web版] 新米錬金術師の店舗経営 いつきみずほ @ItsukiMizuho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます