5-39 また新たな一年を
私がヨック村にお店を構えて一年が経った。
そして、私は既婚者になっていた。
………………。
し、仕方なかったの!
開墾のために訪れたロッツェ家の領地。
そこで出迎えてくれたアイリスさんの妹たち、ウィステリアとカトレアがすっごく可愛かったんだもん!
そんな二人に『お義姉様、剣術を教えて!』とか、『お義姉様、お勉強を教えてください』とか慕われたら、
一人っ子だった私に素直で可愛い妹とか、画策した人がいたら出てきなさい。
褒めてあげるから!
……うん、まぁね、私自身、家族が欲しかったのは否定できない。
幼い頃に両親と死に別れ、人に裏切られることもあったけれど、総合的に見ればこれまでの人生は、師匠を筆頭に良い出会いの方が多かったと思っている。
それでもやはり他人。家族とは違う。
そのうち結婚して自分の家族を、とは思っていたけど、錬金術師として身を立てることを考えるなら、当面は結婚相手を探すような時間も、子供を産むような余裕もない。
上手くいっても一〇年は、下手をすれば師匠やレオノーラさんのように結婚もせず、子供もいない、なんて状況も十分に考えられる。
そんな私に、サイン一つで可愛い妹二人をプレゼントとか言われたら、そりゃサインするでしょ。しちゃうでしょ。
オマケで、アイリスさん似の優しげなお義母さんまで付いてくるなら、ペンも走るというものです。
一年近く共同生活をしてきたアイリスさんなら、性格の不一致とか、そういった面での不安もなかったしね。
まぁ、伴侶を得るというよりも、家族を得られるという点が決め手となったというのは否定できないけれど。
で、結婚して何か変化があったかと言えば……何も変わってません。
相変わらず私はヨック村でお店を経営しているし、アイリスさんたちは私の家に住んで採集者をしているし、ロレアちゃんはいつも通りにお店番。
アイリスさんと夫婦的な行為をするわけじゃないし、そもそも今の私の技術じゃそのための
当然、子供に関しても予定はなし。
そのうち私かアイリスさんのどちらかが、産むことになるのかもしれないけど、私がロッツェ家に貸しているお金のこともあって、しばらくは予定なし。
一応とはいえ家族になったんだし、アイリスさんの治療代ぐらいは免除してあげても良いかも? と思ったんだけど、『ケジメはしっかりとつける。すべては借金を返してからのことだ』と譲らなかったんだよね。アイリスさんが。
だから、アイリスさんたちが採集者を辞めることも、当面はなさそう。
まぁ、採集者を辞めて実家に帰っちゃったら、結婚早々、いきなり別居生活。
本当に書類上の関係だけになっちゃうから、これはこれで良かったのかな?
そんなこんながありつつ、迎えた二度目の春。
私は旅支度を調えて、お店の前に立っていた。
「それじゃ、あとはよろしくお願いします」
「うむ、任せてくれ。これも内助の功だ。サラサも頑張ってこい」
「気を付けてね、サラサさん」
「サラサさんなら心配ないとは思いますが……無事を祈っています」
見送ってくれるのは、笑顔で力強く応えるアイリスさん、いつもと変わらない笑顔のケイトさん、それに少し心配顔のロレアちゃんの三人。
そうそう。変化がないと言ったけど、聞いての通り私の呼び方に関してはちょっと変わって、以前一時期だけ使っていた呼び方に戻った。
さすがに結婚してまで『店長』呼びはないからね。
まだ少し慣れないけれど、それも時間の問題かな?
「ロレアちゃんは、薬草畑の世話もお願いね」
「はい。草抜きと水やり、あとはサラサさんが作った肥料を教えてもらった通りに撒くことしかできませんが」
「それで構わないよ、よろしくね」
冬場は室内で育てていた薬草類も裏の畑に植え付けが終わり、しっかりと根付くと同時に雑草類も多く生え始めている。
これらの薬草はマイケルさんたちに任せている物よりも育てにくいものだけに、放置していたら雑草に負けてしまいかねないので、草抜きは地味に重要。
逆に言えば、草抜きをきちんとして私が作った肥料や薬を散布しておけば、私がいなくてもすぐに枯れたりすることはない。
ただ、ちょっと気になるのは 一粒だけ紛れ込んでいた、何かの種。
他の用事があった時、ついでに師匠に訊いてみたら、『上手く育てられれば良い物ができる』と言われたので、ちょっと楽しみに育てているんだけど……なんか知らないけど、大量の魔力を吸うんだよね、アレ。
苗の時は育苗補助器の魔力をガンガン消費してくれたし、裏庭に植え付けた後も放置していたらすぐに萎れる。
魔力さえ与えたら元気になるから、簡単と言えば簡単なんだけど……ロレアちゃんの魔力で賄えるかどうかがちょっと不安。
魔力操作の練習を兼ねて頑張って! とお願いはしたんだけど……ま、枯れたら枯れたときのことかな?
いくら美味しい果物が実ったとしても、あんまり手間がかかるようだと、錬金術に使う時間がなくなっちゃうし、買った方が良い――って、食べ物とは決まってないんだけど。
あの木が心配だからと、旅立ちを延期することもできないしね。
「じゃ、そろそろ行こうかな」
「サラサさん、本当にお気を付けて」
荷物を持ち上げる私を見て、少し涙目になるロレアちゃんに私は苦笑。
「や、そんなに心配しなくても。私、そこからこの村まで来たんだから」
「それは、そうですけど……。すっごく遠いですから」
「まあ、ここから王都はねぇ」
そう、今回の私の目的地は王都。
普段行っているサウス・ストラグの何倍も――いや、何十倍も遠い場所。
その行程は決して容易いものではない。
「とはいえ、行かないわけにはいかないからね」
目的は、税の申告と納付。
これをしないと、とんでもないことになる。
具体的には、軽い場合で罰金、重い場合で
錬金術師の税金は自己申告である代わりに、きちんとやらなかった場合の罰則もまた重いのだ。
でも、久しぶりの王都はちょっと楽しみ。
この一年、色々とお世話になった師匠にも直接お礼を言いたいし、運が良ければ学校の後輩にも会えるかもしれない。
先輩たちは……無理かな? まだ自分のお店を持っていないから、税の申告に王都を訪れることもないだろうし。
ただ、プリシア先輩は特にお世話になったから、帰りに遠回りをしてでも先輩のいる町に寄り、お礼を言っておくべきかもしれない。
「ロレア、そう心配することはないだろう。お父様も無事に戻ってきたのだ。サラサであれば尚更安全だと思うが?」
「でも、サラサさんって、危険に首を突っ込む傾向がありそうじゃないですか?」
ややジト目で、不当な評価をするロレアちゃんに、私は首を振って否定する。
「そんなことは――」
「盗賊を見つけても、アジトを見つけて討伐、なんてしませんか?」
「うぐっ!」
盗賊なんて、見敵必殺。
襲ってくるなら返り討ちが必定、逃げるなら追いかけて殲滅するのが自然の摂理。
遭遇しなくても、噂を聞けば探して壊滅させるぐらいは(私の)常識の範囲内。
盗賊に遭遇した場合に、見逃すことができるかと言われると――。
「ま、まぁ、そこは気を付けるよ、うん」
「確約はしてくれないんですね」
曖昧に答えた私に、ロレアちゃんは困ったような表情で笑ったが、一つ息を吐くと、改めて笑みを浮かべた。
「……まぁ、良いです。余程のことがなければ、心配ないというのは確かでしょうから。気を付けて、行ってきてください」
「うん、行ってきます!」
「「「行ってらっしゃい!」」」
三人に見送られ、村を出た私は、一年前、希望と期待、そして多大な不安を抱いて歩いた道を逆に辿る。
この一年間は、私の人生でも一、二を争うほどに波瀾万丈で、多くの出会いと変化があった。
良いこと、悪いこと、様々だけど、多くの経験と共にそれなりの収益も上げ、結果としてはきっと十分にプラス。
これからの一年も、そしてその次の一年も、なにかしらの困難や苦労は当然あると思う。
でも、幸いなことに私は一人じゃない。
自分が頑張ることは当然だけど、師匠やロレアちゃんたち、みんなの助けがあれば、きっと乗り越えていけると思っている。
だからこそ、しっかりと前を向く。
そして私は、新たな一年に向け、軽い足取りで歩みを進めたのだった。
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ということで、一年を区切りに、サラサの物語はひとまずここで完結です。
長い間、お読みいただき、ありがとうございました。
いやぁ~、サラサ、結婚しちゃいましたね。
アイリス登場時点では、結婚させる予定はなかったのですが……。
今のところ、恋愛感情があるわけじゃないですしね。
家族ほしさと僅かな打算、それに貴族位を得ることによる保身が原動力です。
しかし、世界観としては恋愛で結婚する方が稀、基本は家の都合が優先で、貴族とかになれば結婚して初めて顔を合わせる、なんてことも普通な感じなので、サラサとアイリスはまだマシな方かもしれません。
少なくとも互いに尊敬できる関係ですし、ホウ・バールやフェリク殿下と結婚するよりは、幸せな生活が送れそうではあります。
二年目以降のお話や外伝的な物も、モチベーションが高まれば書くかもしれませんが、今のところは未定となっております。
最後に、これまで応援していただいた皆様に重ねてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
機会がありましたら、私の別作品もまた読んで頂けましたら幸いです。
P.S.
この作品のコミカライズがコミックヴァルキリーにて掲載予定です。
無料で読むことができますので、是非是非ご覧ください。
P.S.2
内容は異なりますが、時系列的にはこの話までが書籍版の5巻までに収録されています。
6巻以降は書籍版の書き下ろしです。
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