Session/d
図書館への扉がなんの前触れもなく開いて中から彼女は歩み出した。
しなやかに、身体に沿って流れる胸下までの黒い髪は、壁の脈に灯る光を反射してキューティクルが作れることを主張する。
右手人差し指が動いて口元に触れると、どこかとぼけた様な印象になる。
真っ白いワンピース。
裸足。
さらっと伸びた四肢は、その存在が華奢であることを証明して疑いない。
空いた前髪を少し弄って、自分の中で落ち着く感触になったのか。
一つ頷いて部屋の中に進むと、円卓の周りに作られた13の膝ほどまでの柱の様なそれに両足で屹立し、
「…ふぁー」
発したのは欠伸だ。
「うん。ベンキョーしたから眠いんだよなー。なんだろこれ。どうしようかなぁ。とりあえず座っておくかなぁ」
両足を乗せていたその椅子よろしく配置された物から降りて、円卓に向けて腰を下ろす。12席は空席だ。虚しさを醸し出される感覚がしたけれど、青い感情は消すのが得意だった。
「誰か来ないかなーお話ししたいなーけどあたしから呼ぶのは無理だからなぁ。うーん。待つしかないのか。お暇だぞー。どうしたらいいんだこれ。うーん。にゃー!ガォー!」
呟く言葉は虚空の空気振動しか受け止めない。
「にゃー。ちくしょう。ここには音楽も映画もありゃしない。あの脈の人間たちは本当に得だよなー。何しよっかなぁ」
円卓に、耳をつける。冷やしている様に見えるが、納得できない負の感情に悩んでしまっている様に見える。
「おい誰か。そこの扉ノックしろよ。もー。あ、でもこれはこれで気持ちいいかもなぁ」
円卓につけた耳をグリグリと押しつける様な仕草が、何か駄々を捏ねているようだ。
「ったく。傍観者なら見てるだろーが。こんなに頑張ってるかみさまが退屈してるんだぞ!そろそろいい加減に部屋おいでよ。お茶ぐらい出すからさあ」
「返答なんかないかぁ。まぁそうだよな。傍観者はあくまで傍観者だもんね。干渉は基本しないもんね。あーやだやだ。やんなっちゃう。おひまおひまー。誰かご褒美頂戴よーって、無理かぁ。あたしに神はいなかったーははは」
自嘲しているが、顔に笑顔の要素はない。
結果、独り言が加速する。
「眠いからやすむかなぁ。でもあたしがやすんじゃうとなぁ。脈見るのがいなくなるわ。ああ恋しいね。全ての世界が。
なんていい子達なんだろね。みんなさ。
なんでそんなに従順に生きてるの?
勝手に自分の希望とはまるで真逆だったりもするクロノスくんの罠に引っ掛かってさ。
時間は不可逆だって。
タイムパラドックスだって知ってるでしょ?
でもその理論を殺してきたのは他でもないクロノス君だから、それは、きっと、一度滅ばないと回収できない神秘の回答なの。ごめんねみんな。それだけは、あたしもどうかする気もない。そう思えば、どうとでもなるんだけど、彼の決定を、あたしたちは支持してしまったからね。
時は戻らない。けれど、取り戻すことはできる。今を作った時間の堆積を変えることはできないけどね。
可哀想なみんな。でも可愛いみんな。
愛しくて狂おしくて、滅したいけど作りたい。
貴方たちの中に宿る思いが、果てしない時間の堆積の先に、何を成すのかをあたしたちは見てる。
頑張って頑張って作った愛しい愛しい努力の果ての世界が、見たいでしょう?
それは素敵なことよ。素晴らしいこと。
でも、気に入らなかったら指先一つですぐ滅ぼすのがあたしたち。
滅ぼされないように頑張ってよー。
いきのこれー。
あー眠い。からまぁ、3分だけおやすみ」
声が消え、吐息だけが残るその部屋には、それでもやはり訪れる神はいなかった。
Spiral of The Deoxyribonucleic Acid of The End & Beginning of The WORLD. 唯月希 @yuduki_starcage000
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Spiral of The Deoxyribonucleic Acid of The End & Beginning of The WORLD.の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます