森先案内人

 

 人間を森の中に迷い込ませて疲れ切ったところを食べる予定で今日も獲物を得た。「いやぁ!案内人さんが居て助かったなあ!」呑気な肉の柔らかそうな女は私の腹を叩く。近々女はそこに入る嬉しさを隠して尻尾を灯した。出口へ、そう言うと女はまた馬鹿みたいに笑って後ろに着いてきた。


 少し疲れてきた様子が見えたところで尻尾の灯を消して迷わせる。いつもなら一日も待たず疲れる。女ならば尚更だ。だが、この女は馬鹿みたいに声高に歌を歌い着いてくる。疲れる様子は無い。一日、歩き続けた。女は歌を歌っている。疲れないか。聞いた。女は笑う。「君が疲れたなら休憩だね」違う。


 女は泉の傍で私を座らせるとあろう事か私を背もたれに眠った。身体を動かせば起きるだろう。何なのだこの女は。どれだけ歩かせても息一つ乱さない。正直私が疲れた。ゆらり、尻尾の灯を緩めた。女は眠ったまま。この女を食べられる気がしない。何となくそう思った。女は起きるや否や私に案内を促した。


 もう一日、歩かせた。女は駆けっこをしようと言い始めた。丁重に断った。この女はおそらく壊れた人間なのだろう。疲れと恐れと疑心を忘れて壊れた人間。


 不思議と女が美味そうに見えなくなった。普段ならば女は美味い食料なのだが不思議と私は女を森の出口へと導いた。


 女を導いて何十回か陽が落ちた。何人かの人を食おうとした。けれどその度にいつかの女が頭をよぎり、食欲が失せた。不味い魔物の肉を喰いちぎっていたある日。懐かしい笑い声が森に響いた。耳障りな笑い声。あの女だった。壊れた女は私を見付けて手を振った。隣に人間の男女が居る。「商売をしよう」


 森先案内人。木札には人間の言葉でそう書かれているらしい。女は私の首に木札をかけた。近付き私の姿に恐れる人間の男女に女が手を伸ばした。「安全と引換に先払いで」意味は分からないが何かを求めたようだ。男女から何かを受け取った女は私の腕に触れて森の奥を指した。意味が分からない。


 もう女に関わるのが嫌だと思った私は最短の道で女たちを森の外へと導いた。女の隣に居た男女が私に向かって頭を垂れた。女が笑う。「明日報酬持ってくるからまた迎えに来てね」女がまた私の腹を叩いて森の外へ走っていった。あの女以外の人間を見てまた腹が減った私は不味い魔物の肉を噛んだ。不味い。


 また一つ陽が落ちた。女は一人で袋を抱えて森の奥に足を踏み入れていた。柔らかな女の肉を狙う魔物たちが集まる。ソレを取られたくなくて私は魔物たちを退けた。女は耳障りな声で高く笑い、袋を私の目の前で開いた。人間がカチクと呼ぶモノの肉だった。「食べて」女が差し出した肉を食べた。「痛いよ」


 歯が当たり切れたらしい女の柔肌に血が流れた。口の中の小さな肉の塊を潰した。驚いた。今まで美味いと思っていた人間の肉よりも、ずっとずっと美味かった。女が笑った。「それをあげる代わりに案内してよ」女が持って来た程度の量では足りず、私は肯定の言葉を返した。女はやはり耳障りな声で笑った。

 

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