[続]勇者と魔王の螺旋世界

 

 魔王、イチルは暇をしていた。今更ながら愛しい勇者、ゼルを待つばかりというのは暇だということに気付いた。だが、勇者は魔王の城で魔王と戦う。これも、昔からの預言にある言葉だ。血を持つ彼らが早々逆らえるものではない。加えて、彼は我慢した末の邂逅が素晴らしいものだと信じている。


 聞けばゼルは勇者として認められながらではなく、魔王を目指す旅人として仲間を集めてイチルの居る場所を目指しているらしい。ゼルが強くなった話、仲間を見付けた話、街を救った話、イチルはゼルが成長する度に喜んだ。


 贈り物をしたい。イチルがそう言って直接城を出ていこうとしているのを部下が何度止めたことか。結局直接手を出すことはしなかったが事ある度にゼルの手助けをするように強力な武器や色々なものをゼルの歩む道中に置いた。


 今までにないことだ。部下たちは当初、困惑していた。


 イチルは先代までの魔王と比べて異常とも言えるほどの強さを持っていた。そのせいなのかは分からないが酷く暇をしていて勇者に殺されることを望んでいたほどだ。


 だが、小さな村を襲いに行ってから変わった。


 時代の違う勇者を愛し、自分を殺しに来るよう契約をして帰ってきた。


 わけがわからない。


 魔王の城に住み込みで働く魔物たちは皆、最初はそう言っていた。だが、勇者の妨害をしに行って帰ってきた魔物たちは皆意見を変えて帰ってくる。


 あんなに魂の研ぎ澄まされた綺麗な人間は居ない。


 もっとも、あまり勇者に執着すると嫉妬からイチルに消される――文字通り、炭にされてこの世界から消える――ため、滅多に口にしない。以前勇者に執着したドラゴンはイチルに消されて体も残っていないためにスライムに転生せざるを得なくなった。


 流石に今スライムになるのは、ねえ? 最近の魔物たちの話題である。


「あーあ、暇だなあ。ゼルはまだ来ないのかなあ」


 最近の魔王の口癖である。


 ちなみに、ゼルは最近魔物の中でも強い部類のヒドラを一人で倒した。その時のイチルは、テンションが高くなりすぎて側近のドラゴンが一頭消し飛んだ。ドラゴン族は最近、種の滅亡について議論しているらしい。


 この状況を悪いものとして最も重要視しているのが『執行者』と呼ばれる者たちだ。預言を正しく成就させることを使命として動いている魔物たちだ。人間として生きているものが多いが、今回の事態を受けて何人かが魔王の城に常駐している。


 やられるはずだった勇者を逆に倒してしまった魔王であるイチルを諌めるためにやってきたが、イチルの部下たちは無駄なことを、と思っている。


 今の魔王は、イチルは強すぎるのだ。


 代々執行者とは魔王よりも強い力を待っているが、今回ばかりは違う。


 イチルの逆鱗に触れた執行者の一人は激闘の末に「消滅」した。もう転生も叶わないだろう。


「イチル様、ゼル様の続報が来ていますよ」


「あ、ホント? 聞かせて聞かせて!」


 最近のイチルの楽しみはこれだけだ。


「はい、ゼル様は現在本格的にコチラを目指されているようです。どうやら道中で先代勇者の父親に協力を取り付け、我々を奇襲しようとしているそうです。奇襲方法は――」


「そこの報告は要らない。奇襲をしてくれるなら待っているだけだよ」


「は、承知いたしました。ではこれからゼル様の居場所等、あちらの不利益となるような情報は控えましょうか」


「うん、要らない。何かに困っていたり、成長したりしたらそこを報告してくれればいい」


 全ての魔物が彼の目だ。ゼルが倒した魔物ですらも、イチルに情報を渡すことが出来る。奇襲するというのであればその方法も、彼には手に取るように分かる。


 ただ彼は自分の楽しみを減らすようなことをしないだけ。


「ああ、楽しみだよ。どう僕を殺しに来るのかな。前の勇者も弱くはなかったし、父親直伝とか言ってたから。楽しみだ」


 子供のように目を輝かせる魔王を部下たちは微笑ましく眺めることにし、執行者たちは自分たちの協力者である魔物を使い、勇者の情報をより詳細に集め始めた。


 何もかもが異常な魔王と、従順な魔物たち。そして執行者たちの期待を受けた勇者が今、魔王の城にやってくる。

 

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