探しています

 

 この世界では一年に一度、妖精と言われる存在が人間に干渉をする。俺はそんな妖精を三年間、ずっと探し続けている。


 魔法の発達したこの世界では妖精という存在はあまり重要視されていない。会ったら願いを叶えてくれたり、幸せになるということも無いから敬愛することもない。


 一節では魔法の元となる魔素を司っているという話も有るが、学者たちはそれを眉唾ものだとついこの間発表した。


 学者たちによって魔素の正体すらも明かされつつある今。一年に一度現れる、何の利益も無い妖精たちは重要視されることも無いだろう。その存在が忘れ去られるのも遠くない未来の話。


 何故俺がそんな無意味な存在を追いかけなければいけないのか。


 あまり、思い出したくない。


 亡き妻の、最期の願いだから。


 三年と少し前に病でこの世から居なくなった彼女は最期に手紙を書いた。俺宛ではなく、妖精宛に。正直憎たらしい。三年前、当時は存在すらも怪しい妖精たちを恨んだ。何故最期に書く手紙が俺宛ではなく妖精宛なんだ、と。


 手紙を焼いて捨てようともした。


 けれどできなかった。


 彼女が好きだから。俺は今でも彼女を愛しているから。


 だから、その願いを叶えようと三年前から妖精が現れるという春先、俺は彼女たちが現れるという噂の山の上や、海の上や、色々なところに行った。一年に一度しか機会が無いことも有り、未だに妖精に会えたことはない。


 イラつく。


 下手に小綺麗な服を着て一人で行動しているおかげか、魔物道を歩いているとよく賊に出会う。魔法を必要とする職についていたおかげで撃退に大した労力は割くこともないが、眠る時間を割かれるのはイラつく。


 俺はすぐにでも亡き妻の願いを叶えてやりたいのに。


 今、俺が向かっているのは去年妖精に会ったという爺さんが住んでいるという山奥の家。今年はもう妖精たちに会うのは諦めた。


 爺さんが住むという家――というよりむしろログハウスだろう。今時こんな耐火性にすぐれない家に住むなんて、爺さんには悪いが俺にはとても考えられない、とにかく耐久性の低そうなログハウス――の扉を軽く叩いた。


 すると思ったよりも早く中から応答があった。


 外をうかがうでも無く、中から扉を開けた爺さんはしわくちゃの顔に笑みを浮かべて俺をどうぞ、と中へ迎え入れた。


 この警戒心の無さは何だ。整えた白髪に着心地の良さそうなローブ。かつては魔法庁努めか、物腰も柔らかく、品も良さげに見える。


 頭を下げ、迎えられた家の中、不似合いな黒い革張りのソファーに腰を下ろすと爺さんは湯気の出る紅茶を三つ、机においた。俺の他に客が来るのか、いや、それよりも。


 まるで俺が来ることを知っていたかのように迎え入れられた、何故だ。


 警戒をせざるを得ない。


 そんな様子の俺を見透かしたのか、爺さんは笑った。お前さんには見えないのだね、と。


 目の前で、爺さんの隣に置かれた紅茶のカップがひとりでに浮き上がり、中身が何かに啜られた。


 内心、手に持っている紅茶のカップを取り落としそうなくらいに驚いている。だが、爺さんの手前驚くわけにもいかず、紅茶が何かに啜られていく様子を見ていた。


 見えないのだね、と言われた。ナニカがそこに居るのだろう。ステルスの能力を持つ魔物も居ないわけではない。もちろん、紅茶を飲むという魔物は聞いたことがない。


 だからといって。


 考え事をしていると宙に浮いていた紅茶カップがソーサーの上に置かれ、爺さんが柔和に笑った。どうなされた、この老いぼれに何か用なのか。


 俺もカップを置いて爺さんに向き直る。


 妖精について聞きたい、会いたいんだ。


 俺の意思を告げると何が面白いのか爺さんは笑ったまま、自分の斜め前に用意したカップに手を伸ばした。


 それならば、もうすでに会えておるよ。


 応えるように、また、紅茶カップが宙に浮く。何なんだ。思わず声が出ていた。魔法でも、出来ないことだ。魔法は生み出すものだ。物を浮かすことが出来るなど、聞いたこともない。何をしてる。


 爺さんは笑う。私は何もしていないよ、彼女たちがお前さんを遊んでおるだけだろう。嘘を言っているようには思えない、だが、それでも。


――頭カッタイなあ、カッタイねえ。


 声が聞こえた。酷く幼い幼児のような舌足らずな、だが人を馬鹿にした言葉だ。


 妻の探していた妖精が今ここにいる。俺は懐に手を入れて、最近は常に持ち歩いている白い封筒を取り出した。桜の花びらを縁に描いた可愛らしい封筒は俺に似合わない。爺さんにとってもそう思えるものなのか、くすくす、と小さな声で笑われる。


 知った事か。半ば投げつけるように封筒を宙に浮いていたティーカップの方へと渡した。そうしてティーカップに残った紅茶に口をつけた。


 封筒はティーカップがそうであったようにゆっくりと空中に持ち上がり、爺さんへと差し出された。


 この子たちは人間の道具を使えなければ、読み書きも出来んのですわ。爺さんがこちらに説明する。これを開いて読んでも?


 少し、迷った。妖精たちに宛てた妻の手紙だからだ。だが、他の者に見せるなとは言われていない。小さく頷くと爺さんは可愛らしいピンク色のシールを剥がして中身を取り出した。


 白い便箋がふたつ。裏からでは文字は読めないが、何となく彼女独特の丸っこい文字が見て取れて小さく笑みがこぼれた。いつまでも手描きの手紙にこだわる彼女は読みやすくも特徴的な字を書く。


 爺さんはぼそぼそと手紙の内容を読んでいるようだ。


 正直、この場に妖精が居るという爺さんの言葉は半信半疑だ。だが、俺はもう、疲れたんだ。三年もの間仕事をやめてまで妻の最期の願いを叶えてやるために動いていた。


 だからもうそろそろ良いだろう?


――ふふ、あははは!


 虚空から笑い声が聞こえた。


 声のした方向を見やるとその場所が揺らいでいた。まるで暑すぎる地面に熱せられた空気のように揺れているんだ。それは少しずつ色を持って、形を創っていく。


 爺さんは一切表情を変えない。


 それは一メートル程の人のような形になると背中から生えた淡い色の光を落とす半透明の羽を震わせて机の上に腰を下ろした。


 思わず椅子から立ち上がり、一歩引いた。俺の背後で倒れた椅子が音を立てる。


 おや、見えますかな。


 爺さんののんびりした声。これが? こんなに人に近い形をしたこれが、妖精だというのか。妖精だというそれは、金色の長い髪を持っている、大きな羽以外は人間のような形をしている。


――君の妻の願いを聞き遂げよう。元より、アタシたちが明日香ちゃんの願いを聞かないわけがないよね。


 唐突に聞こえてきた名前にまたも驚くことになる。明日香は、俺の妻の名前だ。


 何が、書かれていた。思わず礼儀も忘れて爺さんに話しかけると爺さんは妻の手紙をそのまま返してくる。白い便箋を広げる。相変わらずの丸文字でまずは挨拶と自己紹介。本当に自分以外の者に当てた手紙だということに苛立ちが溜まる。


 そして本題。


『用心深い貴方のことです。この手紙を見ていることでしょう』


 本題はそんな書き出し。俺のことを分かってくれているが、何故だろう。あまり嬉しくない。


『貴方と愛しき妖精たちにお願いです。今や人々の生活の基盤となっている魔素が世界から減少しつつあることはご存知でしょう』


 国を越えた世界共通の問題だ。知らない人などそれこそ幼児くらいなものだろう。


『魔素の現象を食い止め、世界を救ってください』


 以上。なんて。社内便のような締めくくりの言葉。


 二枚目には一言だけ。


『ごめんなさい』


 彼女らしい、手紙だった。


 本題は本題。そして、必ず俺の欲しい言葉を書いてある。ふ、と笑った。ようやく姿を見ることの出来た妖精は羽を動かすこと無く空中に浮かぶと俺の隣に並ぶ。よろしくね、頭のカッタイお兄さん。


 爺さんを見ると相変わらず柔らかな笑顔を浮かべている。いいのか、大事なモノだろう。


 爺さんにとって妖精は家族みたいなものだろう。話している口調は少なくともそうだった。爺さんが笑い、妖精が笑う。


 妖精たちは彼らの望むままに。


 爺さんはそう言って紅茶の追加分を俺と、妖精のカップに注いだ。


 まずはどうするかね。爺さんの言葉に、俺は改めて状況を思い出した。


 世界の誰も解決策を見つけられない魔素の減少、それを俺は。俺と、この妖精は食い止め、世界を救わなければいけない。


 先の、長い話だ。

 

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