異世界トリップ
私は旅行が好きだ。これは両親の影響で、両親がよく二人だけで旅行に行くのだ。そして会社に行っている私の元に写真だけが届く。そんなことをずっと続けてくれるものだから私も反抗するように有給休暇が取れた時や、連休の時には旅行に出掛けてその写真を両親に送りつけていた。
ついこの間までは。
――悪夢。
今でもハッキリと思い出すニュースキャスターから小さく漏れ出た言葉、テレビ画面に写った映像。
田舎道、田んぼと川を見下ろす堤防から転がり落ちたバス。車体の形すら変わり、警察や消防の手によってブルーシートの向こう側では何かが運びだされている。
運びだされる何かの中に、自分の両親が居た。
悲しかった。たしかに悲しかった。
けれど、自分の好きなことをして、その帰りに死んでいったあの二人は幸せだったのではないかと、そうも思う。だから時が経った今は悲しくない。今はもう、こちらの旅行に行けない両親の墓前に自分の旅行の写真を供えるのが楽しみなほどだ。幸いにも自分は一人暮らしをしていて困ることは特に無い。
飛行機の中、窓から見える雲を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていた。雲の上に出る、空を超えるような感覚。これも旅行が好きな理由のひとつ。
今はもう慣れた揺れの中、目を閉じて眠る。向かうのは海が綺麗で有名な島。今回の写真は海かな。
眠った先で不思議な夢を見ていた、気がする。
夢なんてそんなものだ。
目を開けて、もう一度閉じた。いや、そもそも私は今本当に目を開けたのか? だって真っ暗だったぞ。それになんだか。
両手をぐっと外側に向かって伸ばす。何かに当たる。隣の人やシートなどではない。もっと硬い。けれど少しだけ動く。
「――」
くぐもった声が聞こえる。イヤホンをしたまま寝たのか。ということは暗いのはアイマスクか。
手を目元にやる。
かりっ。かりかり。
んん? このアイマスク硬いぞ? そして私の爪、こんなに長かっただろうか。それになんだか、なんだか、おかしい。
何が可笑しいと言われるとよくわからないのだが。なんだろうか。体がおかしい。感覚のないはずの場所に感覚が在る。背中と、臀部。何で?
怪我とかしてたら嫌だな、とアイマスクを取ろうとする。
かりかり――ガリガリッ。
唐突に目元が酷く傷んで思わず背中を丸めた。
片手で痛む目元を押さえる。何でこんな痛い。爪が目に入ったようだけど、アイマスクをしていたんじゃないの?
パキンっ、と薄い氷の割れるような音が気付いて視界いっぱいに光が広がる。アイマスクはしていなかった? だとしたら何で。
「っ!? 救急箱、じゃねえ! サヤカ、サヤカ!!」
耳元で叫ぶ男の人の声が聞こえた。目を開けて、手を見た。
『ぇ?』
黒黒とした『鱗』に白く鋭い『爪』 目の痛みを忘れて自分の手を見ていた。四本の指、鱗に包まれた腕。これ、体重増えてるんじゃなかろうか。
イラッとすると同時にペシン、と自分の背後で何かが打ち付けられた。見れば自分の手と同じ色の長い何かが、床に当たっていた。ペシペシ、当たる度に在るはずのない私の臀部が少々刺激を訴える。え?
これは、尻尾と言うものではないだろうか。
人間にはないものですが、何故私に在るのでしょうか? 尻尾だけじゃない。なんだか、バサバサと羽ばたくものが背中にくっついている。
「あらあら」
どこか聞き覚えのある女の人の声に、顔をあげた。
先程自分の爪で引っ掻いていたらしい目は開かないけれど、もう片方の目で女性を見ていた。
『お、母さん……?』
若干髪型が違う上に、若くなっているが顔は見間違えることはない。眼の前に居る大きな人、自分の何倍も大きな人は、自分の母親だ。
「サヤカ、サヤカ、な、治るか? その子出てきたときから怪我してたぞ」
おずおずと母親の背中から出てきた男の人もよく見れば見覚えがある。こちらも若くなっているが、母の強さに敵わないところも、知っている。
お父さん。
「ふふ、大丈夫ですよ。少し傷跡は残るかもしれませんが、この程度であれば私の『魔法』で治せます」
お母さん? え?
お母さんの片手がゆっくりと伸ばされ、私の痛む目に重ねられる。暖かい風が吹いたかと思うと、痛みが消えて閉じていた片目も開く。
「良かった、可愛い仔竜だな! な!」
「ええ、本当に……本当に可愛い子」
やたらテンションの高いお父さんはそのまま何かを叫んで出ていった。残されたお母さんは先程暖かな風を贈ってくれた片手で私の頭を撫でる。
「ふふ、貴女までこちらに来てしまったのね。本当によく似た旅行好きの親子。あの人は気付いていないみたいだけれど、私は分かっているわ。困ったことがあったら私に言いなさい。なんとかするわ」
まずはその体になれることからかしら?
こんな状況でも口元を隠してふふふ、と笑う女性はやっぱり、お母さんだった。
『こんなところに、旅行してたの?』
話しかけようとした。けれど、言葉は鳴き声にしかならない。赤ん坊の泣き声のようなものなのだろうか。お母さんは困ったように笑った。
竜族は年を重ねれば人間の言葉も話せるようになるから、それまでは我慢してね。
当たり前のように竜などと言っているけれど。鎧のような何かを着ているけれど。
両親がいるこの場所に、私は来ることが出来た。
それから十年後、彼らは世界に名を轟かせる。竜使いの夫婦が魔王を倒し世界を救った、と。
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