異世界召喚術

 

 この世界には召喚術というものが在る。夢幻(むげん)と呼ばれる幻獣たちの暮らす世界に契約の陣を繋げ、自身の力と願いに呼応した幻獣が契約に縛られた状態で呼ばれる。契約を結んだ召喚獣は自身を呼んだ主人に仕え、契約が解けるまで苦楽をともにする。


 だが、それではまるで主人が幻獣を自分に縛り付けているようだ。


 召喚の陣を前に少年はため息を付きそうになる。


 この世界では召喚獣を持たなければまともな職種に就けない。だからこうして学校の授業として召喚の授業が在る。


 くすくす、と少年の背後の方で女の子の笑い声がする。


 誰かが言った。落ちこぼれは何を召喚できるのだろうな。


 

 彼は落ちこぼれと呼ばれている。少し、羨ましい。


 彼は召喚陣の前で少しうつむいている少年を見ていた。周りは女たちに囲まれ、姿は時折しか見えない。だが、疎まれているのだとしても一人の時間を多く取ることが出来る彼が羨ましい。


 こんなことならばこの立場を選ぶべきでは無かった。


 ふわ、と足下から風が拭き上げた。


 周りの女の子たちがスカートがめくれると甲高い音で叫ぶ。


 彼だけは冷静だった。ただ、その冷静も一瞬のこと。


「こんな……っ」


 彼の足下から吹き上がる風はうつむく少年の前で光り輝く召喚陣に呼応して強くなり、それは目を開けられないほどの強風となり彼らを襲った。


 

 そして少年の前に現れた夢幻の住人。


 それは何かを耐えるように片膝を付き、召喚陣の光が落ち着くとそれはゆっくりと立ち上がり、少年を見下ろした。


 美しい金色の髪に、空を思わせるきれいな蒼の瞳。少し高めの身長からは少年を見下ろすことしか出来ない。彼は少年を見下ろし、言葉をなくしていた。


 少年も同じだった。仕方ないことだ。


 彼は少年のクラスメイト、先程まで遠くから少年を羨ましいと眺めていた本人なのだから。


「な、んで?」


 少年の言葉に彼は答えない。応えられない。


 彼を取り巻いていた女たちは即座に彼と少年の間に割って入り、彼に話しかける。優しいからって召喚されたふりまでしなくていいのに、転移術まで使えるなんてすごいね。なんて、二人には聞こえていない。


 召喚術で呼び出せるのは夢幻に住む幻獣のみ。そして彼は呼び出された。


 彼は左腕を持ち上げ眺めた。制服から覗く手首には鎖のような入れ墨。


「……ああ、これが結びの証」


 彼は小さく笑って一歩を踏み出した。女たちはいつもとどこか違う雰囲気の彼に道を譲る。


「同級生に、君に呼び出されるとは思わなかったけれど――そう。じゃあ、これからよろしくね。ご主人様」


 差し出された手を、少年は掴むことができなかった。だから、彼は無理やり少年の手を取って微笑んだ。


 彼が夢幻を取り仕切る王様で、気まぐれに人の一生を経験しようと人の形を取って過ごしていた事を少年が知るのは、まだまだ先の話。

 

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