[続2]勇者と魔王の螺旋世界
今日もマオー様は人間たちの本を読んでいて遊んでくれない。最近はいつもそう。少し前に時代を間違えたユーシャと会ってからずっとそうだ。
ずるい、ずるい。
少し前まではボクたちマモノと遊んでくれていたのに。ずっと人間とか、ユーシャのことで本を読んだりしているばかり。
だから。
ボクはユーシャを見に行った。マオー様をクギヅケにしてるユーシャがどれほどのモノなのか、ボクたちよりも強いのかどうか、知りたかったから。でも、見付けたのは。
人間とは思えないほど綺麗に光る魂を持った、生き物だった。
その拙い尾行に気付いたのは私じゃなくて私に同行をしてくれている男。私の旅立ってからの剣の師匠でもある男は剣だけでは気配にも敏いらしく、すぐに気づいてくれた。
もっとも、振り返った瞬間に転けて体を全て見せてしまうような尾行はどうかと思うが。黒いローブをかぶったその子供は転けても慌てて姿勢を戻し、物陰に隠れた。隠れきれていない黒いローブが可愛らしい。
ふ、と小さく笑うと隣で男が気にしなくて良いのか、と言った。子供がすることにいちいち疑問など抱いていられない。たとえ、あの子供が魔物であったとしても。実害のないモノを相手にする時間はもったいない。
今日は街の近くに出たという強い魔物を殺しに行く。たしか、ヒドラらしい。ヒドラは割りと慣れたもので、なんとか一人でも殺せるようになった。男が手伝えば確実に殺せるといえる。
気に食わないのはただ一つ。
人の言葉を理解する強い魔物たちは示し合わせたように最期にあることを言う。
――魔王さまが喜びそうだ。
その言葉に酷く虫唾がはしる。
魔王と呼ばれる存在。人の中に名前を知る人は少ないが不幸なことに私は、私たちは名前を知っている。
イチル・アルバード。見た目から名前に至るまでまるで人間のようなそれは……、『今』の魔王。
聞けば使命に縛られた彼は預言にある村や街を壊す。だが、それは人を殺す必要が在るものなのか?
ヒドラの最後の首を落とす時、耳障りな声で呟いた。魔王さまが喜びそうだ、と。思わずその言葉の最後を聞く前に手元の剣をヒドラの頭に突き立てた。一つの頭を潰すも他の頭が笑う。
まるで全てが魔王の手のひらの上の出来事のようにすら思えて。
行く先々の村が魔物に襲われそうになっていること、途中の森で自分の実力より少しだけ上の魔物がまるで配置されているかのように居ること。
「刀が錆びつくぞ」
剣の師である男に言われ、ようやく絶命したヒドラの頭から刀を引き抜いた。
「拙い尾行がまだ居るな。襲われないところを見ると魔族なんだろうが」
「魔族同士は仲が良さそうだものね。どうでもいいけど。そろそろ次の街に」
自分の言葉は少年の悲鳴によって遮られる。
振り返れば尾行をしていたらしい黒いローブ姿が白い人影に持ち上げられている。神官? 男の言葉に納得ができない。神官なんて戦えない人たちがこんな魔物の居る森の奥深くまで来られるわけがない。人さらいにしても同じだ。
余程強い人さらいであれば話は違うが、だとしても取る行動はひとつしかない。
同意を求めるように同行者の男を見ると呆れたような顔で頷いてくれる。流石に何ヶ月も共に過ごせば互いの行動など言わずとも分かる。
「ねえ神官さん、何をしてるの」
子供のローブを持って持ち上げている神官に話しかけるとそれは顔を上げる。思わず足を引く。
その白い三角頭巾の中に顔はなかった。布で覆われているわけではなく、本当に顔がないのだ。まるで影のような何かがうごめいている。気持ち悪さが芽生え、意図せず片手が刀に向かう。
――敵ではございません、勇者サマ
頭の中に響いた声に刀を引き抜いた。人間じゃない。人間は頭の中に直接語りかけてこない。だとしたらこの神官の姿をしたものは魔物。敵となり得るもの。
――ワタクシたちは執行者。そしてこの者は次代の魔王、現魔王の息子にございます。
抜いた刀に反応も変えることなく、神官の姿をした魔物は勝手に話を続ける。師である男にも声は聞こえているらしく隣に並んだ男が同じように警戒する。
神官の手元では黒いローブの少年が暴れ続けている。
――勇者サマにおかれましては、ワタクシ共のことを気になさらぬよう。これより、現魔王を弱らせてまいります故。
「なっ、おい待て!」
男の言葉も聞かず、執行者と名乗った神官と手に掴んだ少年は影に呑まれて消えた。
馬鹿にされているのだろうか。馬鹿にしているのだろう。
人間だからと? ふざけている。思わず鼻で笑った。魔王を倒すために、と魔法の知識も付けている。転移魔法の後を追うことも出来るはずだ。
弱らせた魔王を殺して何になる。あんな子供を使って勝つことで心地よいというのか。有り得ない。
「後を追う」
私の言葉に、背中から溜息がかけられた。
執行者なんか要らない。
短編集 つきしろ @ryuharu0303
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