怖い話3【幽霊を見たい男】
雨間一晴
幽霊を見たい男
「きゃーーー!」
「で、でた!う、うわあーー!」
二人の男女が悲鳴をあげて、逃げていく。心霊スポットに遊びに来たカップルだ。
真っ暗な廃墟となった病院の手術室らしい、真ん中に会議室のテーブルのようなベッドがあり、金属の脚に、硬そうな黒い革張りのクッション部分は、所々が破れて、中の黄色いスポンジが見えている。ベッドの上には丸い大型のライトが、パラボラアンテナのようにベッドに向けられているが、電気が止められているため、ただのオブジェとなっていた。
使われないまま置かれた小さなテーブルが、逃げていく男の足に引っかかり、枝豆型の金属のトレーや、メスなどの医療器具が飛び散る、男は見向きもせずに、手術室を出て行った。
一人の女性が立っていた、白い着物を着て、長い黒髪は胸まで伸びていた。両腕が重力に逆らわずに下に垂れている。長い髪の毛は顔を完全に隠しており、白い着物は足元より長く、指先だけ出ている手の向きを見ないと、前後どちらを見ているのか分からなかった。
その青白い指先が、動いて、顔が出るように、前髪を左右に分けた……
「やれやれ、僕は幽霊じゃないというのに……」
前髪を分けると、そこから現れた顔は男性だった。三十代だろうか、垂れた目は小さく眠そうで、眉毛もつまらなそうに垂れている。深夜だというのに、
「この心霊スポットもだめか。一体どこにいけば幽霊に会えるんだ……」
坊主の男は、日本各地の心霊スポットに行っては、この格好で幽霊を探しているらしかった。幽霊の格好をする事で、幽霊を怒らせて姿を見せてもらう作戦なのかもしれない。
「全身にアルミホイルを巻いて、心霊スポットのトンネルを通ったりもしたけど、何も起きたりしなかった、聞いているなら、出てきてくれ、こんな君達を
男はブツブツと現れない幽霊に愚痴を言いながら、心霊スポットの中、我が者顔で着替えていた。幽霊のポップなイラストの描かれたピンク色のトランクスパンツ一枚になり、踊りながら挑発を続けるが、何も起こらない。静寂の中、男は文句を言いながら着替えを続けた。
「やれやれ、全く。心霊スポットは、人が勝手に作り出した都市伝説なのかね、うーん、どうしたら幽霊に会えるのだろうか……」
着替えを終えた男は、白いTシャツにジーパン。Tシャツには、可愛く舌を出してウィンクする女性の幽霊が描かれていた。うらめしや、と白い着物の女性が言っているイラストの、ふざけたTシャツだった。
「心霊スポットに落書きする、不良達の方が怖いとか、ネットに書いてあったから、こんなナイフも持ってはいるけど、不良にすら会えないじゃないか。僕は運が悪いのかもしれない」
男はポケットから、小さな銀色に統一された折りたたみナイフを出して、手術室のベッドに横になって、宙をゆっくり切りつけながら、独り言を続けている。
「そもそも、死んで幽霊になるなら、幽霊が留まりやすいとかいう、謎の理屈のトンネルより、骨がある墓場の方が、心霊スポットとして優秀なんじゃないか。トンネルで死ぬ事件は少ないだろ、お墓参り中に幽霊を見たなんてのも少ないし、あっても作り話だ」
男はベッドから立ち上がり、置いてある黒いリュックサックから、懐中電灯を出して、手術室を照らしながら独り言を続ける。心霊スポットの手術室で白い着物に着替えて、財布も入ってるリュックサックを置いたまま廃病院をさまよっていたのだろう、かなり変わった男だ。
「うらめしや、か。そうか、やはり、恨みや未練が幽霊として、この世に存在を残し続けるという説が正しいのなら、心霊スポットより、自殺スポットの方がいい、なるほどなるほど、そうとなれぼ、急いで行かなければ」
男は早口に喋りながら、廃病院を出て行った。
「なるほど、身投げ出来る橋、しかも、トンネルに繋がっている自殺スポット。素晴らしい……」
男は、廃病院から車を走らせ、とある京都の心霊スポットに来ていた。もちろん、白い着物に長い黒髪のカツラを被り、ブツブツと独り言を言いながら歩いている。
この橋は、大型トラックがギリギリ通れるほどの横幅で、白い車線などは書かれていない、無地のコンクリートだ。橋は山と山の間、川の上を繋ぐ物で、橋の終わりはトンネルの入り口となっていた。今は真っ暗闇なので、景色は見えないが、日中はきっと綺麗な山々の紅葉が見れるのだろう。
橋の両サイドには、枯れ葉が積もっており、落ちないように赤い柵がトンネルへとそのまま繋がっている。電灯は無く、男の懐中電灯に妖しく照らされている。幽霊姿の男が、懐中電灯を持っている姿は、本物の幽霊が見たら、どう思うのだろうか。
橋の赤い柵に、捕まる人影が見えて、男は明かりを消した。男から、十メートルほどの距離だ、赤いワンピースを着ていて、橋と同化していたので気づくのが遅れてしまったようだ。
(まさか、幽霊か……。いや、これから身投げして自殺するのかもしれない、少し様子を見よう)
赤い柵に捕まる人影が、ものすごい速さで首を回し、男の方を見た。長い髪の毛が宙を舞う。女の髪も胸あたりまであり、真ん中で分けられていた。
「……あなた、幽霊なの……?」
真っ暗闇で、凍るような女性の声が響いている。
「……」
(まずい、見つかってしまった、声は女性のようだが、様子がおかしい……)
「……ねえ、あなた、幽霊なんでしょう?……ねえ!」
柵に捕まっていた女性は、男を幽霊だと思い込んで、男に向かって走り出した、赤いハイヒールが、競走馬のように、無茶苦茶に地面を鳴らす。
(やばい、こいつはやばい、明かりを付けないと……)
男が懐中電灯を付けようとした時に、赤い女は目の前まで来ていた。男の長いカツラの髪の毛ごと、首を両手で締め上げてきた。赤いマニキュアの長い爪を立てて、男の首にめり込み、長い黒髪な間から、血が吹き出している。
「うう……」
「ねえ!あなたは、どうやって幽霊になれたの!ねえ!教えてよ!私は、どうしたら幽霊になれるの!ねえったら!」
赤い女性の顔をよく見る暇もなく、首を絞められた男は、カツラの長い毛で何も見えなかった。声も出せないまま、何とか着物をたぐり寄せて、下に履いているジーパンのポケットから、折りたたみナイフを取り出して、女性の腹部に突き刺した。
「ねえ!あなたは、どうやって幽霊になれたのよ!」
腹部にナイフを突き刺しても、赤い女の勢いは止まらず、男の首を締め上げていく。
意識が飛びそうになりながら、男は唸り声を出し、ナイフを女性の腹部に刺し続けた。
女に首を絞められながら、前髪が少しずれて、女の血走った目と目が合う、女も前髪が乱れ、目だけが覗いていた。黒い長髪から、目だけを出した二人が殺し合っている。
「答えなさいよ!私は、どうしたら、幽霊になれるのよ!」
赤い女は動かなくなるまで、同じ言葉を叫び続けて、突然動かなくなり、音もなく倒れた。赤いワンピースに血が広がるが、同じ色なので変化は無かった。コンクリートの地面には、大量の血が広がっていて、倒れた女と同化している。落としまったアイスクリームに、髪の毛を散らしたようだった。
「なんなんだよ、お前は……。人間のくせによ……」
首から血を出しながら、男はカツラも取らずに、倒れている女に近づいた。
「そんなに、幽霊になりたいんだったら、してやるよ、もっと、口は裂けてた方がいい。口裂け女は有名だろ?まぶたも無い方がいい、くくく、そうだろ?顔が見えるように前髪も切ろう……」
男は、首から出る血を長いカツラに浸しながら女の顔に垂らし、それを気にもせず、女の顔を折りたたみナイフで変形させていった。
「くくく、いい顔になったじゃないか、幽霊っぽいぞ、実に幽霊っぽい……。くそう、最後に幽霊を見たかった……」
暗闇の中、整形手術を終わらせた男は、女の上に倒れ込んで意識を失った。
(しまった、意識を失ってたのか……)
男が立ち上がる。
「きゃーーー!」
「で、でた!う、うわあーー!」
懐中電灯を持ったカップルが、幽霊の姿のままでいる男を照らして逃げていった。
男の首から流れた血は、白い着物を肩から赤く染めていて本格的になっていた。
「やれやれ、またか。僕は幽霊じゃないというのに……」
「……ねえ」
後ろから、冷たい声がした、あの女の声だ……
男は、固まって、少しの間、動けなくなっていたが、意を決して振り向いた。
「あなた、やっぱり幽霊だったのね……」
女は浮いていた。赤いワンピースのまま、膝から下が透けている。足元が見えない。
口を開けて笑っている女は、唇が無く、歯茎が全部見えていた、耳まで裂けた口に、奥歯の表面まで見えてしまっている。
まぶたは無く、丸い眼球が、まん丸にむき出してしまっている。黒目が異様に小さく見える。前髪は乱雑に、おでこのあたりで切られていて、長さがバラバラだ。
「……お前は、幽霊になったのか……?」
「あなたのおかげでね、ありがとう、幽霊さん」
「僕は幽霊なんかじゃない、君の勘違いだ、それに男だ」
女は、恐ろしい笑顔のまま、男の足を指さした。
男の膝から下が透けていた。
「僕は、幽霊になったのか……?」
女は嬉しそうに笑いながら、男を見ている。
「なんてことになったんだ!」
「あなた、幽霊じゃなかったのなら、幽霊になりたくて、そんな格好をしていたんじゃないの?私は、幽霊になりたくて、幽霊のような格好をしてたわ。自分が幽霊になれて幸せじゃないの?」
「……素晴らしい」
男は透けている自分の足を見て、震えていた。
「なんて素晴らしいんだ!君の顔も、もっと良く見せてくれ!」
「ふふ、良いわよ、あなた、中々センスがあって、嬉しいわ。ちゃんと怖いでしょ?」
「ああ、ああ!なんて素晴らしいんだ……」
男は、長い髪の毛から、目だけを常にむき出していた。髪の毛の上に目が付いているようで、もしかしたら、顔は無いのかもしれない。裂けた口の女の顔に、むき出した目をぶつかるくらいに近づけて、まじまじと見つめていた。
「ねえ、私、これから彼を殺しに行くの。結婚を約束してたのに、浮気したから、私は恨んでいてね。彼は幽霊が苦手だから、幽霊になって、殺してやりたかったの。でも、全然幽霊になる方法が分からなくて、いよいよ自殺しようとしてた時に、あなたが来たの」
「そうだったのか、なんて素晴らしいんだ……」
「浮気相手の女も殺すわ、あなたも来るでしょ?」
「ああ、ああ!もちろんだ!やはり、幽霊は未練を持ったものがなれるのだな、素晴らしい、なんて素晴らしいんだ……。くくく、ふふ、ふははは」
「ええ、素晴らしいわ、ふふ、ふふふふ、あははは」
二人の幽霊は、笑いながらトンネルの中へと消えていった。
怖い話3【幽霊を見たい男】 雨間一晴 @AmemaHitoharu
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