第2話︰怒涛の一日

嶺原音子なんて人、入学式も始業式も名前聞いたことない。

俺がただ聞いてなかっただけなのか?

「‥‥ちゃん?お兄ちゃん!」

「はっ!なっ、なんだよ急に大きな声出して‥‥」

美彩の声で俺の意識が現実に戻される。

リビングでいつの間にかボーとしてたみたいだ。

テレビでは女芸人2人組が自虐ネタをしていた。

「だって私が話してるのにお兄ちゃん放心状態なんだもん。顔もにやにやしてたし。気持ち悪‥‥。」

「なっ、気持ち悪いはねーだろ‥‥」

「それで?なんでニヤニヤしてたの?いいことでもあった?」

ここでひとつ言わせて欲しいことがある。

俺がニヤニヤしてたのも気持ち悪いと思うが今のニヤニヤした美彩の方がもっと気持ち悪い。

「べっ、別になんもねーよ。」

「お兄ちゃんって、隠すの下手だね。」

「もー!この話は終わり!」

「はーい!」

俺たちしかいないこの部屋は薄暗く寂しく感じる。

お父さんは、俺が中学の時に家出した。

何故かはわかんないけどお母さんと離婚したんだろう‥‥多分。

お母さんは、そのせいか分からないけど寝たきり状態。

たまに「ねこちゃん‥‥おいで。」とつぶやくのが怖い。

もちろんどこにも猫はいない。


あれ?俺っていつの間に学校にいるんだ?

さっきまでリビングでテレビ見てて‥‥。

しかも教室には誰もいない。

もしかして俺一日中寝てたのか?

よくわからないまま机にかけてあったカバンを持って下駄箱へ向かう。

靴を履き替えて校舎から出ると黒髪の少女、嶺原が立っていた。

「待ってたんだよ?」

「えっ、あっごめん!」

「うそうそ、からかっただけ。帰ろっか。」

そう言って嶺原が歩き出す。

俺もあとから続いて後ろを歩く。

「どうして隣来ないの?」

「えっ、あっじゃあ行く。」

小走りで嶺原の隣へ移動した。

「ねぇ、私のこと覚えてないの?」

「覚えてるよ?嶺原音子さんだろ?」

「‥‥違うよ。」

「え?」

嶺原さんの顔が悲しい、寂しい表情をしていた。

「私は███なのにどうして覚えてないの?」

「思い出してよ!ねえ!」


「ねえ!お兄ちゃん起きて!」

体を思いっきり揺さぶられて目が覚める。

えっ、さっきのはゆっ夢!?

なんか変な夢見ちまったなぁ。

夢に嶺原さんが出てくるなんて俺どんだけ気持ち悪いんだよ。

「お兄ちゃん大変!ほら見て!」

まだぼやける目を擦りながら渡されたものをじっと見る。

2本針があって、よく見ると数字が見えた。

1本目は8、2本目は12を指していた。

だんだんぼやけが冷めてくると時計だと気づく。

「8時ちょうどか‥‥って!8時!?やっべ!遅刻!」

「私も今起きたばっかりなの!どーしよう!」

リビングのソファーから飛び起きて急いで2階の寝室へ向かい、制服に30秒で着替える。

階段をひとつ飛ばしして1階まで行くと妹が洗面台で髪の毛をといでいた。

「早く行くぞ!学校まで徒歩で良かった。電車だったらまじで遅刻してたかもな。」

「ほんとだね!よし、忘れ物なし!行こう!」

靴を急いで履いて走って家を出た。

「「いってきます!」」

ずっと走って学校の近くまで行くと生徒がゆっくり歩いて登校していた。

「ぎっ、ぎりぎりセーフ。」

「だね。もう疲れたぁ‥‥。」

そう言えば急いで何も考えてなかったけど無意識に俺学校来ちまったよ。

またなにかイタズラされてないといいけど。

そんな叶わぬ願いをかけながら下駄箱へ行く。

でも案の定、下駄箱には大量の画鋲があった。

「いや、こんなの低能すぎだろ‥‥。」

ポツっと呟いて画鋲を手のひらに集めて靴を置く。

今日は珍しく被害がなかった上靴を取り出して履く。

画鋲を片手に教室へ向かう。

教室に着いて教卓から画鋲の箱を取り出す。

中身は空っぽだった。

全部使ったのか。

それ以外はいつも通り。

俺のことを冷たい視線で見てくる。

もちろん無視して自分の席で本を読む。

「俺寝不足なんだよね~。誰かさんのせいで。」

「俺も~、いい加減気づいて欲しいよね。」

1番前の真ん中の席に座っている生徒、裕翔とその仲間がみんなに聞こえる大きな声で言った。

いっせいに俺の方を見てくる。

いやいや、寝不足なら朝早くからこんな低能なイタズラするのをやめろよ。

誰かさんのせいって、裕翔が勝手にやってる事じゃんか。

まぁ、もちろん一言も発さずただ無視して本読むだけだけど。

そのあとはいつも通り平凡に過ごせた。

たまに裕翔からの嫌味の槍が飛んでくるけど無視する。


放課後、俺はこっそり保健室へ向かった。

嶺原さんは保健室登校だからきっといるはず。

保健室は1階にあって、西棟だから、少し遠い。

ついでに2年生の教室は東棟だ。

保健室のドアを2回ノックする。

ドアが空くと白衣を着た先生が出てきた。

「どうしましたか?」

「嶺原さんはいますか?」

「あっ、えっと、いませんけど?」

「そうですか。失礼しました。」

先生はきょとんとした困り顔で保健室のドアを閉めた。

先に帰っちゃったか、三階の屋上へ続く階段にいるか。

俺は、学校にいる方に賭けて階段をひとつ飛ばしでかけ登った。

三階に着くともう息が切れて苦しい。

屋上へ続く階段は北棟だからそこまで遠くない。

会ったら聞くんだ‥‥!絶対!

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俺と君だけの秘密の時間 Akino @akira_miya

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