バイトに行ったら、ある意味モテた。ただし、本人は、納得できない模様
buchi
第1話 ゲイゲイしいバイト開始
ちょっと拍子抜けするくらい就職が早く決まって、修平は、この先、どうしようと迷った。
何しろ、練習のつもりで受けた願ってもない企業に、あっさり受かってしまったのだ。
あとは前期の授業が少し残っていたが、卒論とゼミくらい。
こんなありがたい話はなかったが、就職活動に向けて、いろいろと予定を空けておいたのに、何もすることがなくなってしまった。
そんなわけで、彼は、今日、ここに座っていた。
彼の横には、どこかの女子大にいっているという、やけにきれいな格好をした大学三年生が座っていた。
ふたりはバイトの面接に来ているのである。
本来は、隣の女子大生に気が散るはずだったが、そんなことは全くなかった。
修平も、隣の女子大生も、すべての関心が、目の前の社長に釘付けになっていた。
「そうなの。サナギさんは、事務経験はあるのね?」
面接官の社長は、女子大生を見ながら確認した。
「はい」
彼女は猛烈に緊張していた。
社長は白のタングトップに革ジャンを羽織っていた。頭頂がほんの少し薄くなりかけていて、そのせいか髪を短く刈り上げていた。
どう見ても、ゲイだ。修平も社長の口ひげをまじまじと観察しながら考えた。妙に体を鍛えている。
「で、カナタ君は、就職は決まってるから、三月までね? あら、いい会社じゃない。一流企業だわ。そして、クルマの免許、あるのね」
大阪市内の運転は無理です……と宣言したいところだったが、あまりのことに口がきけなかった。事務経験はないので、多分、このバイトは落ちるだろう。むしろ、採用になったら、どうしたらいいんだ。修平はノーマルだった。
「はい」
二人とも、「はい」しか言えなかった。
「そうねえ…」
ちょっと、社長は二人の履歴書を見ながら考え込んだ。
気候がいいので窓が開いていて、暖かく和やかな風が入ってきた。ドアが開いたのだ。
それは、もう一人の社員がお茶を運んできたためだった。
サナギと呼ばれた女子大生も修平も、入ってきた男を見て、社長を見た時以上に驚いた。
彼は別に社長のようにゲイゲイしいわけではなかった。
服も普通だったが、なんというか、そのだらしなさに驚いたのだった。
適当に着た白いシャツの裾は、前半分はGパンに押し込まれていたが、後ろ半分ははみ出てひらひらしていた。
袖は完全に短くて、細い腕がにょっきり出ていた。
Gパンも寸足らずで、くるぶしが丸見えだが、幅はだぶだぶだった。ベルトをきつく締めて落ちないようにしていた。
足元は、片っぽのかかとを踏みつぶして、素足でデッキシューズを履いている。
細面で、目鼻が整い繊細な顔立ちだった。色白でとても若い。彼を見る社長の目が和らいだ。
その若い男は、もったいぶった様子で、お茶を三人に出すと黙って出て行った。
三人はしばらく黙っていたが、社長が、じゃあ連絡するわねと言ったので、二人の応募者はお辞儀をして出て行った。
「ちょっと、何あれ。すごいわね」
建物の外に出た途端、サナギさんが話しかけてきた。
「マジもんのゲイだわね」
「ゲイって、この辺、多いんじゃないの?」
ここは梅田だ。修平は、興奮のあまりなれなれしく腕をつかんできたサナギさんに閉口しながら答えた。
「なに? あなたもゲイ?」
「違います!」
「彼女いるの? よかった」
……彼女はいない。てか、ゲイでなかったら、彼女がいるもんなのか? 違うだろう。それとこれは話が別だろう。
「それより、後から出てきた男、あれ、あの社長の男だわね」
男の男とは何かがおかしいが、意味するところは分かった。
「証拠をつかんだのよ! あの服全部、社長の服よ。サイズがあってないのよね」
サイズがあっていない……そうか! あの違和感はそこから出てきてたのか。修平は妙に納得した。
「同居してるんだわ。でも、かっこだけじゃなくて、なんか異様感があったよね?あの男」
「そ、そうだね……」
修平は、このよくしゃべる女子大生とは、なんとなく気が合わない気がしたが、言っていることは同感できた。
後から出てきた若い男は、よくわからない異様さの持ち主だった。
「でも、男前だったわ。私、どうしよう」
どうしようって、まだ、面接に受かったわけじゃないだろう。今からもう、採用になってからのことを心配するのは早すぎるだろ……と修平は、内心むっとした。オレは不採用になる前提かよ。
とはいえ、確かに、3年生と言うだけで、彼女の方がバイトには有利だった。修平の場合、1年も経たないうちに辞めざるを得ない。バイトとは言え、仕事を教えてすぐに辞められてしまうのは、面倒なので嫌がられる。
採用されると思い込んでいるのはちょっと癪だったが、修平はめくるめくゲイワールドは遠慮したかったので、どうでもよかった。別なバイトを探せばいいだけだ。
「LINE交換してよ」
サナギさんが突然言いだした。
ちょっと考えてしまったが、これは断る理由のないうまい話だと気がついた。
サナギさんのことを特に気に入ったわけではなかったが、何しろ女子大生だ。この女じゃない友達が大勢いるだろう。全員女だ、間違いない。
それに、LINEを交換して欲しいと言うのは、アレだ。自分のことを、気に入らなかったわけじゃないんだろう。しかたないか。うん、しかたないな。
「彼方さんてかっこいい苗字だよね。修平さんって言うのね?」
「そう、修平……」
修平は、携帯を覗き込んで訂正した。
「彼方じゃなくて……金田です……金に田んぼ」
うわ、平凡、ちぇっ……という声がしたような気がした。
「レナってのが蛹さんですよね? 蛹さんて珍しい名前ですね」
「三文字姓は珍しいかもね」
三文字?
「一文字じゃないんですか?」
彼女が携帯をのぞき込んだ。
「蛹じゃないわ、佐名木! 蛹ってなによッ 虫じゃねーよ」
「あああ、すみません!」
なんで3年生の女子に敬語使ってんだろう。そんなこんなで、彼らは別にお茶を付き合うでもなく、その場で別れた。
せっかく、ラインを交換するところまでこぎつけたと言うのに、今回も成果なしか。サナギさんでなくていいから、こう、芋づる式にいろいろと釣り上がってくる予定だったのに、少し残念な気がした。
割と時給はいいバイトだったのに、決まらなかった。
「まあ、そううまく行くもんじゃないさ……それにゲイゲイしすぎるわ」
あのヘンな職場で働いているサナギさんを想像してみたが、変な社長と変な男に、はっきりものをいう女子大生の取り合わせは、不協和音の嵐のような気がした。
「そっちの方が、余計まずいような気がするけどな……」
帰り道、彼はつぶやいた。また、バイト探さなきゃ。今度は事務でなくてもいいや。
だが、翌日、修平の携帯が鳴って、彼のバイトが決まった。
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