第3話 友達がゲイになってしまった。衝撃
『また、飲み会、やろっ』
『別な男子をお願いしますっ 松木じゃないやつ 絵になる系男子で』
翌日、佐名木からのラインに修平はキレた。
なんなんだ、こいつら。何かの見物会のつもりか。
いや、それより、今回の飲み会の最低限の目的、葉山とのラインの交換はできてないのか。
『えー? 交換はした』
『じゃー、自分で、写メ送れって頼めばいいんじゃね?』
佐名木からは、恥じらいウサギ(…もじもじ…)と言うスタンプが送られてきた。
修平はキレた。(二回目)
お前が恥ずいんだったら、俺はもっと恥ずかしいわッ、ボケ!と送り返したいところだったが、既読スルーで我慢することにした。
こいつとラインしてて、これまで何かいいことなんか、ただの一度もなかった。
絵になる男子って、何なんだ。自分らがまず、絵になる女子になれ。(格言)
松木のどこが気に入らないんだ。あんな大人らしく葉山をあしらってたじゃないか。なかなか、あんないい男はいない。たとえ、顔がニキビだらけだったとしてもだ。
だが、その日は彼の厄日だった。
「ねえ、修平クン」
社長が呼んだ。
「夕べ、葉山と飲みに行ったって?」
言われて、彼は初めて、気が付いた。
そう言えば、葉山は何も言ってなかったが、この二人はできている関係なのかもしれなかった。
「ハ、ハイ」
でも、別に、悪いことをしたわけじゃないはずだ。
「女子大生3人と、葉山さんとオレと、俺の友達の松木っていうのを呼んで飲み会しました」
「えー、女の子、呼んじゃったのお」
修平は緊張していたが、社長はそれを聞いたとたん、笑い出した。
「で、うまくいったの?」
「全然、だめでした……」
ふふふ……と社長は、含み笑いをしていた。
まあ、それはそうか。
葉山は、今日はパソコンの前にへばりついていた。
「葉山さんは、何をしてるんですか?」
今度は、社長はまじめな顔になった。
「あの子はねえ、画を描いてるのよ」
「絵ですか?」
「いろんなとこから発注が来るようになって……レイアウトだけじゃなくて、いろんな仕事をこなしてるの。あの子は天才よ」
うさんくせえ……愛情からくるひいき目か。この会社大丈夫かな。まあ、長居はしないが。
「まあ、あんたが来てくれて、配達と電話と雑用を頼めるようになったから、助かるわあ。私、営業に出られるしね」
その言葉通り、社長はよく外出するようになった。
修平と葉山は、二人きりの時がよくあった。
「配達ってさあ、ないよね」
相変わらず、言葉数を省力するので、修平は補わなくてはならなかった。
「配達が少ないってこと?」
「いや、いらん仕事だと思って」
「どういうこと?」
「ここで印刷してないもん」
修平はあたりを見回した。印刷の機械とはどんなものなのか彼は知らなかったが、普通のプリンターのようなもの以外はなかった。
「よそで印刷して、直送しないで、こっから配達」
つまり、印刷所から、直接発注元に送ればいいのにと言いたいらしい。
「それが何か?」
「それで儲けてるのってさあ」
「払う方が納得してるなら、どんなに大回りしても、かまわないんじゃない?」
修平にも良く分からないが、あの社長のことだ。どっかで儲けているに違いない。でなければ、何か事情があるはずだ。
葉山は、びっくりした顔になった。修平の言葉をしみじみ噛み締めているようだった。
「そうか……」
と彼は言った。
しかし、社長がいないと葉山がさぼりがちなのは事実だった。
そして、社長は、葉山がどんなに長い間パソコンの前を留守にしても、あまり怒らなかった。知らないに違いないと修平は思った。
修平はまじめだったので、言いつけたものかどうか悩んでいた。
葉山のことも嫌いではなかったが、それ以上に、社長のことは尊敬し始めていた。
背が低く、筋肉がありすぎて小太りに見えるくらいで、さらにどう見てもゲイだったが、なんというかいい男だった。
修平が彼の好みでなかったのか、もう気に入りの決まった男がいるせいか、修平には完全にビジネスライクに接してくれ、叱るときは叱り、決して感情的にならず、ほめるべき時にほめてくれる。
修平もこれまで何度もバイトに行ったことがあるが、こんな安定した上司は初めてだった。
「あんた、いい子よね」
さらりと彼は修平をほめた。
「仕事、きちっとしてくれるし、心配な時は聞いてくれるもの。聞かないで勝手されんのが、一番困るのよねえ」
そういった彼の視線は、葉山の方向へ漂っていった。葉山はパソコンの前の椅子の上で、ぐんなり伸びていた。
つい最近知ったことだったが、このオフィスの中の小部屋は彼らの住まいになっていた。別に家もあるらしかったが、少なくとも葉山はここに住んでいるらしかった。
ここまで濃密な関係の二人の間に割って入って、葉山のサボりを言いつけるのはどうかと思って、修平は余計なことで悩んでいた。
しかし、ある日、さすがの修平も見過ごせない出来事が起こった。
修平が出勤してきてすぐ、めかしこんだ松木が、バイト先を訪ねてきたのだ。
「え?」
修平は驚いた。
修平は、松木に、ここの住所を教えていなかったのだ。
「なんで、ここがわかったの?」
「いや、教えてもらってないよ。今日は葉山さんと出かけるの」
修平はものすごく驚いた。
もはや、言葉を失って、まじまじと松木をガン見した。
ゲイって、伝染するのか……松木、俺、全然気が付かなかったよ。まさか、前からそうだったの?
修平の驚きの目で見つめられて、松木はうれしそうで、でも、ちょっと照れたようだった。
「ちょっと早かったかな? 二時に待ち合わせなんだ」
あわてて時計を見ると二時十分前だった。
「ラインもらったんだよね。一緒にどっか行かないかってさー」
「待ち合わせ場所って、ここ?」
「そうそう。あ、来た来た」
松木の視線に気が付いて、修平は振り返った。
死ぬかと思ったくらい驚いた。
葉山は女装していた。
男が化粧すると、たいてい、けばけばしくなるが、葉山もけばけばしかった。
服はどこから見つけてきたのだろう。女物だった。
松木は? 松木の反応は?
ハッと、思い出して松木を見ると、松木はうっとりしていた。
「きれいだね」
松木は照れ照れで、葉山に賛辞を呈した。葉山はにっこりした。
え? どこがキレイだって?
修平は、もはや言葉を失った。
松木は、へらっと笑うと照れて、簡単に修平に合図すると、とっとと二人で出て行ってしまった。
葉山は一言も発しなかった。
背が高い葉山がヒールを履くと、松木より5センチくらい大きかった。痩せてはいるが、ガタイがいいので、横幅もそう変わらないように見えた。
ただ、確かに細いので、女のようにも見えた。あれだけ細面の美男なので、けばけばしいのはとにかく、顔は美しかった。
いや、待て。
そういう問題じゃない。
葉山は仕事中のはずだ。
勤務時間中の昼間の二時から、堂々とデートに出るやつがいるか。
関係のない修平がしょんぼりして、社長の帰りを待つことになった。
この体たらく、どう説明したものか。
松木を葉山に紹介したのは修平だ。
だが、葉山が、松木をデートに誘ったのだ。
修平はどこも悪くない。
だが、何だろう。この「まずいこと仕出かした」感は。
その夕方、遅くに帰ってきた社長は、修平が思いつめたように、ひとり事務所に残っているのを見て、驚いたようだった。
「あれっ? 今日は五時までじゃなかった?」
「事務所を、空にしていいのか、どうかわからなくて……」
「え?」
そう言うと社長は、葉山の姿を求めてあたりを見回した。
「あ、そうか。今日、午後から休みが欲しいって言ってたな、あの子」
修平はほっとした。ずる休みじゃないんだ。もっとも、出勤してきたのは十時を回っていたが。
「ごめん。忘れてたわ。鍵の掛け方知らなかったね。今度、教えるわ」
「すみません、それじゃあ、僕は帰ります」
「すまなかったね。電話してくれればよかったのに。鍵の場所教えられたのにね。今度、何かで埋め合わせるわ」
こんないい社長なのに……。修平は、教えることができなくて、申し訳ないような、言わなくて済んでほっとしたような気持ちになった。大急ぎで彼は家路についた。
そうだ。こんな時こそ、ラインだ。誰かと共有したい。何の役にも立たない佐名木が、役に立つときが来たのだ。
『葉山が女装して、男と出てっちゃった。これってウワキだよね?』
佐名木なら、速攻で返事が返ってくると信じていた。だが、いつまで立っても既読にならない。
帰り道、高架をがたがた環状線が走って行く。
大阪駅は賑やかだった。あの喧噪のどこに彼らはいるのだろう。堂山町あたりのバーだろうか。社長の方が詳しそうだった。
でも、聞けない。言えない。
翌朝、修平はライン電話で目を覚ました。
何事かと思ったら、松木ではなくて佐名木だった。
電話は止めて欲しい。
ラインでたくさんだ。
そう言いたかったが、けたたましくしゃべりまくる佐名木の話の途中で、口を挟む余地がなかった。
ようやく切って、改めて携帯のラインを見ると、ウサギだか猫だかがセリフ付きで動きまくっている、訳の分からないスタンプで埋め尽くされていた。
スタンプだけでは、意味が全然分かりません。
『葉山の女装を写メして送れ』
『浮気だ!後日談を求む』
「これだけかよ……さっきの電話と同じやないけ」
佐名木は、本当に役に立たない。つくづく実感した。
次の出社日、正直者の修平はこのバイトをこのまま続けたものかどうか、悩みながら出て行った。
葉山を別に嫌いではなかったが、実直な社長への彼の裏切りを思うと許せないような気がした。
修平の出勤は午後からだった。
事務所に行った頃には、社長はもういなかった。
葉山が、相変わらず、パソコンの前にへばりついていた。何の変化もなさそうだった。
「修平!」
葉山が声をかけた。
修平は緊張した。何か話があるんだろうか……
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