番外編

文化祭

 高校を卒業してから半年が経った。

 私は今、妹の学校の文化祭に来ている。ここは私立の女子校。校則が結構厳しくて文化祭も完全招待制だ。先日妹に文化祭来てくれとチケットを渡された。この日は大学の講義も午前中だけだったのでとりあえず行ってみるか、というノリで理絵と一緒に来ている。

 私と理絵は学科は違うが同じ大学を受験して合格。サークル関係などで無理な日を除いて、お昼はだいたい毎日一緒に食べている。つまりは今でも仲良くやっている。



「本当に女子しかいないね」



 広い敷地内。完全招待生なので校内はわちゃわちゃ賑わっているという感じでもないが、女子の比率がやはり多い。文化祭といったら男女の出会いの場になることも多いけど、この学校は男女交際禁止らしくそういう雰囲気もない。比較的おとなしめな文化祭だと思う。



「そりゃ女子校だもんー。でも良いよね、女子ばっかりっていうのも楽しそう」


「妹曰く男子の目気にしなくて良いからやりたい放題らしい。みんな夏は下敷きでスカートの中扇いでるんだって」


「そうなんだ、ウケる。女の子同士で付き合ってる人とかも多かったりするのかなぁ」



 歩きながらさりげなく手を握られた。

 理絵の少し派手めな服装とかわいい容姿のせいで目立っちゃってる感じはするけど、特に手を繋ぐ私たちに変な目を向けてくる人はいない様子だった。

 校舎が広いので迷ってしまったが、2人組の風紀委員に道を尋ねてなんとか妹のクラスである1年E組にたどり着く。妹のクラスはラーメン屋をするそう。今でも私はラーメン屋でのバイトを継続しているので、関心が深い。高校生の作るラーメンのクオリティに期待している。お手並み拝見といこうか。



「あ、理絵さん!」



 廊下に貼られているポスターを眺めていると教室から妹が出てきた。



「貴様、何故姉である私の名前は呼ばぬのだ。もしや私の姿が見えておらんのか」


「理絵さんが目についたから呼んだだけだし。……てか何なのその喋り方。なんかめんどいんだけど」



 妹は腕を組んで不愛想に言ってきた。



「ねぇ、今日当たりきつくない?」


「来るの遅すぎなんだよ……。もうすぐ当番変わるとこだったんだけど。連絡したのにお姉ちゃん無視するし」



 妹は口を尖らせた。

 そういえば「まだ?」って来てた気がする。



「あ、ごめん。今返事する」


「いいよ! 今直接話してるんだから!」


「ごめんね舞ちゃん、間違えて中学の校舎に行っちゃって……風紀委員の人に道聞いてたりしたら遅くなっちゃった」



 理絵がすかさずフォローに入ってくれた。



「げっ……風紀委員と話したんだ」



 妹は顔をしかめた。

 この学校では風紀委員は色々注意してくる嫌な存在なので目の仇にされることが多いそう。さっき話した風紀委員は、特別嫌な印象は受けなかった。私もこの学校の生徒だったら風紀委員の名前を聞いただけで、妹みたいな苦虫を噛み潰したような顔になるのかな。



「舞ちゃんの知り合いだったよ! 名前聞き忘れちゃったんだけど……掃除一緒にやったとか言ってた!」


「あ、分かった! それ未来ちゃんだ! 未来ちゃんは好き! めっちゃかわいいかったでしょ?」


「うん、かわいかった! 一緒にいた子も美人で気さくな感じだったよ。ね?」


「うん」



 理絵に同意を求められたので頷いた。

 確かにレベル高かったかも。最初、風紀委員の腕章をつけたコスプレアイドルかなって思ったもん。今時の女子高生ってレベル高いんだね。



「美人で気さく……ニコニコしてた?」


「ニコニコしてた」


「じゃあもう1人は千夏先輩だと思う。1回校内でスマホ触ってるのバレたんだけど見逃してくれた極めて良質な風紀委員だよ」



 妹はそこそこ校則を破っているみたいだけど、校則が厳しすぎると嫌だよね。

 風紀委員っていう立場にいながら、一般生徒の味方的なポジションにいる人ってなんか良いなと思う。そういう人とは仲良くしておいて損なことはない。先輩って言ってたし2年生か3年生だろうか。



「そうなんだ、めちゃめちゃ良い人だね。そういう人とはぜひお近づきになりたいと思う」


「ねぇ優……それ彼女の前で言っちゃうの?」



 理絵に肘で軽くつつかれた。



「理絵だって、あの風紀委員のことかわいいとか美人とか言ったじゃん」


「んもー、それはただの見た目の感想じゃん! お近づきになりたい、は違くない? さすがにそれは妬く」


「友達になりたいって意味だし。一番は理絵だよ」


「……あのさーここでいちゃつくのやめてくれる? ちょっと恥ずかしいんだけど」



 妹は私たちの関係を知っている。

 目の前でこういうやり取りをされるのは恥ずかしいようで目を泳がせている。



「あはは、舞ちゃんってばかわいい! そういうところ姉妹そっくりだよね」



 理絵は笑いながら妹のほっぺたをこねくり回した。



「もー理絵さんー……」



 妹は照れ顔で笑っている。満更でもない顔をしやがって。

 理絵はいつも妹をかわいがってくれるので、とても好かれている。理絵さんみたいなお姉ちゃん欲しかったって言われた日、愛を取り戻すべく妹に自撮り画像を数分ごとに送りつけた。その日以降、妹はこのような愚かなことは言わなくなった。



「空いてる席座っちゃって」


「うん!」



 案内されて席に腰掛ける。机と椅子が教室のものなのでチープな感じだ。メニューは1つだけで名前は『E組オリジナル☆おいしEーラーメン』。なかなかひどいネーミングセンスだね。

 注文してほどなくして、ラーメンが運ばれてきた。味は、普通のインスタントラーメンだった。



「うん、思ったより美味しいかも。優はどう?」


「まぁまぁだね。店長の作るのが10だとしたら4」


「えーそんな? 普通に美味しくない?」


「何が4なの」



 理絵と感想を言い合っていると、いつの間にか妹が私たちの席の前で仁王立ちしている。地獄耳ですね。



「韓国の俳優について話してただけ」


「ヨン……?」


「イ・チニサンヨンっていう俳優」


「待って、誰それ」


「ふざけてんの? そんな俳優いないから!」



 失笑する理絵をよそに強烈な妹のつっこみが入った。



「……舞ちゃん、あたしはこれ美味しいと思うよ! 麺から手作りなんでしょ? すごいすごい!」



 またまた理絵が機転を利かせてくれた。妹は褒められて嬉しそうに笑っている。

 自分は同性愛者ではないって妹は言ってたけど、こんな様子を見ていると理絵を取られてしまわないか心配になる。

 さっさと4のラーメンを食べてどっかに行こう。



「舞、ここって屋上開放してる?」


「え、うん……多分。でも何もないと思うよ?」


「屋上フェチなんだよね」


「どんなフェチだよ」


「あーあたしも屋上フェチかもっ」


「理絵さんまで……!?」


「うちらの大学屋上とかないから。でもここにはあるじゃん。ラーメン食べたらなんか屋上行きたくなってきた」


「どうなったらそういう思考回路になるの。本当意味分かんないんだけど……」



 屋上に行くことに関しては理絵も乗り気だったので、ラーメンを食べ終わった私たちは妹に別れを告げて階段を上っていった。他校の屋上ってなんかワクワクする。

 友達の文化祭には何度か行ったことあるけど、屋上には行ったことなかった。なんとなく入っちゃいけないかな、と思って。

 でも妹の学校だと思うと屋上へのハードルは一気に下がる。開放してるって言ってたし大丈夫だと思う。もし注意されたら全部妹のせいにしようと思う。



「あーやっぱ誰もいないね~。まぁでもそっか、文化祭だもん」



 屋上はガランとしていて誰もいなかった。



「うちの学校となんか雰囲気似てるね」


「そうだね~」



 手がぎゅっと握りこまれて肩に理絵の頭がコンと置かれた。



「理絵……?」


「寒い」



 なんか前もこんなことあったな、なんて思いながら空を見上げた。

 今日は日も出ているし、天気が良い。

 さほど寒くはないと思う。



「くっつきたいだけでしょ?」


「ふふふ、バレちゃった」


「理絵は屋上に来ると欲情するよね」


「は、欲情って……その言い方やめてよっ、めっちゃ変態みたいじゃん」


「変態じゃん」


「優に対してだけだしー。ねぇ、キス……」



 理絵はこちらに向き合うと顔を近づけてきた。ふんわり香る良い匂い。そしてぷるぷるの唇がこちらを見ている。



「ん」



 軽く口づけた。



「ふふ、もっと」



 理絵は大抵1回のキスじゃ満足してくれない。



「Tu es une perverse」


「え、なに」


「フランス語で、あなたは変態ですって言った」


「それ授業で習ったの?」


「習った」


「そんなことある??」


「ない」


「ないじゃん! どんな先生だよって思ったわ」



 ははっと声が出た。

 私たちは相変わらずいつもこういうどうしようもないやり取りをしてるけれど、それが楽しい。理絵とずっと一緒にいても全然飽きない。



「でも理絵はアブノーマルなシチュエーション好む傾向にあるよね。リスク楽しみたいのかな。Mだし」



 理絵は隠れてキスしたり、いちゃいちゃしたりするのが好きだと思う。この前も大学の図書館の一角でそういう感じになったし。見つかるか見つからないかのそういうリスクが理絵をより盛り上がらせてるんだろうな。



「確かに場所はあれかもしれないけど……恋人とちゅーしたいって思うのだめなの?」


「……これまで数え切れないほどしたのにまだしたいのかなって。痴女だから仕方ないか」


「好きだと何度も欲しくなるものでしょ。自分の彼女痴女呼ばわりすんなよー、優のばか」



 理絵は私の発言を冗談だって分かってるから、真に受けないでこういうかわいい反応をしてくれるんだ。また一つ笑いを漏らして、拗ねた表情の理絵に優しくキスをした。

 包み込むように下唇を何度か挟み込んで離す。



「ちょっといじめたくなっただけ、ごめん」


「本当もう……でもそういうとこ好きだよ」


「……」



 目を細めてふふっと笑う理絵がたまらなくかわいくて愛おしい。

 擦れるリップ音、こうして生徒の声をバックに聞いていると、まるで高校生に戻った気分になる。



「卵焼き売ってるところないかな」


「さすがにないでしょ……探してみる?」


「うん」



 私の中の熱はまだまだ冷めていない。

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