第20話 時の流れの中で
3年生――春。
温かい日差しが微かに照り付ける中、私と翼は河原に仰向けに横たわっていた。
「なーんか1年ってあっという間だよなぁ」
「また日向ぼっこできるようになったね。まだ少し寒いけど」
クラス替えで翼とは違うクラスになったけれど、絡みがなくなったわけではない。
私がこうして日向ぼっこをしていると自然な流れで隣にやって来てくれるし、連絡も頻度は多くはないがしている。バイト先のラーメン屋にもよく食べに来てくれている。徳永君や真由美も今となっては常連で、深瀬や店長とももう顔馴染である。
「俺さー、昨日から香帆と付き合うことになったんだ」
「そっか。おめでとう」
学力別のクラス替えなので、学年1位の実力を持つ香帆ちゃんとは離れてしまった。でも今でも連絡は取り合っていて、4人のグループチャットはいつも動いている。勉強に加え、恋にも力を入れようやく実らせて翼と付き合ったようだ。
「反応うっす! 驚かないのか?」
「香帆ちゃんが翼のこと好きなのは元々知ってたし、今朝学校で本人からも聞いた」
私が翼と仲が良かったから、何度も香帆ちゃんと翼が2人きりになれるシチュエーションを用意したんだ。手伝ったかいがあったというものだ。
「つまんねー。俺このこと誰にも言ってなかったのに。今日仲良い男子に報告したらめっちゃ驚いてたからお前はどんな反応してくれるか期待したんだけど」
「翼が香帆ちゃんのこと好きなのは知らなかったけど、別に付き合ったところで驚きもしない」
「あーー」
翼は脱力しきった声を出している。
別に関心がないわけじゃないよ。
「でも野球バカと秀才カップルは意外性あるよね、面白い」
「バカは余計だオイ」
「翼は香帆ちゃんに勉強聞いて、香帆ちゃんには野球教えてあげれば野球秀才カップル誕生じゃん」
「いやぁー……香帆は野球無理じゃね……」
確かにやってるの全然想像できない。
どっちかというとお弁当持って見守ってる感じの方がイメージ強い。
「翼も香帆ちゃんに勉強教わったところで秀才にはなれないしやっぱ無理だね」
「自分から話振っといてそりゃねーだろ!」
「めんご」
「本当適当だよなぁ……。お前は彼氏作らないの?」
彼氏……か。
翼は自分が付き合ったことちゃんと報告してくれたから、私もこの際もう言ってしまおうか。
「うーん……実はもう付き合ってる人がいるんだ」
「え……嘘。いつから?」
「3学期。理絵と深瀬が一緒にお昼食べなくなったあたりから」
「おいおい、まさか深瀬じゃねーだろうな?」
「違うよ」
「……青山?」
「違う」
「じゃあ誰だよ……。同じクラス?」
「うん」
「え、誰? 水島とか?」
「違うよ」
「当たる気がしない」
「当たらないと思うよ」
「なんだよそれ……。なぁ……今だから聞くけどあの時の俺の気持ち、本当は気づいてたんだろ?」
「……」
翼がこちらに視線を向けているのは分かったが私は黙ってあえて上を見続けた。
「告白しないと好きにならないなんて言うから、覚悟決めたのに……。でも察したよ、俺じゃダメだって。きっとそん時から良い感じの奴いたってことだよな」
「私の中でケジメが必要だったんだ。ごめん」
「良いよ、その後も普通に友達やってくれたことには感謝してっから」
本当に私は都合の良い奴だったと思う。
こんな私でも許してくれて、友達でいてくれてありがとう。
「翼とはずっと友達でいたいな」
「はは、お前からそんなこと言ってくれんのか。おうよ。……それにしても、誰と付き合ったかくらいは友達として教えてくれても良いんじゃねーの?」
「……理絵だよ」
「え……?」
沈黙が過ぎる。
引いちゃったかな。
「冗談だよな?」
「ううん、冗談じゃないよ。……理絵なんだ」
「いや、確かにお前たち仲良いけど……え、まじか」
「まじだ……」
翼は少し固まった後に口を開いた。
「あの時、同性愛がなんちゃらって質問してきた謎が解けたわ」
なんとも言えない低めな声のトーン。
「引いた?」
「引いたっつーかびっくりした……なんか言葉が出てこねーや。俺報われなさすぎっつーか、なんか笑けてくる」
翼は目元を手の甲で押さえながら、笑っているのか泣いているのか分からないような声を出した。
「翼?」
思わず翼の顔を覗き込むと、隠れていた目元をが露わになった。
「ニーッ。今は香帆100%だからなーんも思ってねーよ」
「……」
なんだよ、紛らわしいな。
空を見てため息を漏らした。
「成宮に告られたの?」
「付き合ってほしいって言ったのは私から」
「告白されないと好きにならないんじゃなかったのかよ」
「抱きしめられて好きになった」
「単純すぎ」
「……私たちの関係はイレギュラーかもしれないけどさ、ゴーイングマイウェイして行こうと思ってる。誰に何言われても」
ゴーイングマイウェイな私が理絵は好きって言ってくれたんだ。これからも私のやり方で人生を築いていく。
「なんかお前変わったよな」
「人間だから変わるんだよ」
人間だから変わる。そう教えてくれたのは翼だったよね。
この先、それぞれが進路に向けて人生を進んでいく。
雲がゆっくりと形を変えながら動いていくように、私たちもこれから変わっていく。
この先どうなっていくのかは分からない。必ずしも幸せな人生が待っているとも分からない。
だからこそ、今感じている小さな幸せに感謝して、噛みしめて生きていきたいと思う。
携帯が鳴った。翼から距離を取って電話に出た。少し話してから着信を切って翼のある場所まで戻る。
「誰?」
「理絵。今からこっち来るって」
「そうかよ。じゃあ邪魔しちゃ悪いから俺は帰るわ」
翼は制服についた細かな草を払って立ち上がった。
「別にいても良かったけど……」
「さっきの話聞いた後だからなんか気まずいしな。また河原で会ったらよろしく。つっても俺もデートやらなんやらで頻度は減りそうだけど」
「翼の席は空けとくから」
翼はふっと鼻で笑うと片手をひらひらさせて帰っていった。
風が吹き、草木が揺れる音が心地良い。瞼が重くなってきた。
理絵とは3年も同じクラスになった。最初の席は苗字も近いこともあって、2年生の頃と同じように前後で縦並びとなった。授業中、時折シャーペンの消しゴムのついている方で背中をちょんちょんしてくるのがかわいい。
そんな私たちの様子に周りからは付き合ってんの? と冗談で聞かれることがあるけど、その度に顔を見合わせて笑っている。
「優!」
目を開けなくても声で分かる。理絵がやって来た。
今日、私が河原に来たのは時間を潰すためだ。理絵には告白イベントがあったようだったから。
彼女が告白されるのは、良い気持ちではないけれど、相手に思いを告げようとしている人間の邪魔をしちゃだめだと思った。どうか後悔の残らないよう告白してもらって、それでおとなしく振られて欲しい。
音がしなくなった。理絵はどこかに行ってしまったのだろうか。
目を開けると、理絵はかがんで私の顔を覗き込んでいた。目が合うとふふっと微笑まれてほっぺを突かれる。
「薄緑」
「え」
「パンツ」
「ちょっと! もうホントやめてよ変態……」
理絵は脚をピタっと閉じた。相変わらず良い反応してくれるから楽しい。いけないことを覚えてしまったようだけれど、本人も満更でもなさそうなので、そのままにしている。
「そんな位置に座るからあえて見せようとしてるのかと思った」
「あたしそんな痴女じゃないから!」
「インナーパンツくらい履きなよ」
「履こうとは思ってるんだけどねぇ、なんかかさばって嫌なんだよね」
「私がスカートめくった時に他の生徒が理絵のパンツ見るの嫌だから履いといて」
「いや、そもそもスカートめくるなよ!」
「あははっ」
「もー。ははっ」
「理絵も一緒に日向ぼっこしよう」
「う……うん……。こういうのやったことなかったけど……よいしょ」
先ほどまで翼がいた位置に理絵はゆっくりと横になった。
「気持ち良いでしょ?」
「うん。悪くないかも」
さりげなく理絵の手を握った。
大丈夫、別に誰も見てない。
「悪くない。むしろ良い。確信に変わった今! だって優から手繋いでもらえる特典付きなんだもん」
「理絵、今日は誰に告白されたの?」
「えっと……新入生の子」
「入学してすぐ告白とかやるなぁ。一目惚れだったのかな。理絵は年下が好き?」
「うーん、嫌いじゃない」
「……」
気分がやや落ちた。
握っていた手を離すと、今度は理絵の方から繋いできた。
「んふふ、心配しないでよ。あたしが好きなのは優だけだからっ」
「そう信じてるけど、未だに理絵と付き合ってるって信じられなくなることがあるから」
「なんで?」
「いや、本当に私でいいのかなって」
「優……こっち見て」
「なに……」
「愛してる」
「……」
好き、ならあるけど愛してるなんて今まで恋人に言われたことはないかもしれない。
たった5文字の言葉なのに、顔が紅潮するのを感じる。
「照れた。かわいい」
「ふいうちすぎ……こういう言葉はちょっと言われ慣れてないから……」
「愛してるよ、優」
「……」
「優は?」
時の流れの中で、みんな生きている。
同じ空の下で私たちは生きている。
先のことは分からない。
それが怖く感じることもある。けれど、無理に先を照らさず、見えない事を楽しめば良い。
だからこそ人生。生きていると実感することができる。
理絵、翼、深瀬、真由美、香帆ちゃん、紀ちゃん――そして私。
周りをとりまく環境も変化する中で、それぞれが何かを経験して、学んで、そして変わっていく。
でも、変わらないものもあっても良いと思う。例えば味覚とか。私はずっと卵焼きを好きでいたい。だって私に取って理絵は……。
絡められた手に力を込めて言った。
「愛してるよ、理絵」
「えへへ」
澄んだ空気を思いっきり吸い込んで、再び目を閉じた。
この空のように――私は。
君のことを好きでいる私自身を、包み込み、
許して、認めて、抱きしめてこの先も生きていくんだ。
すぎゆく――時の流れの中で。
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