第17話

 S2シティの人口の八割ほどは、二十歳以下の学生で占められる。

 それはつまり、異能力者全体における学生の割合でもあった。

 異能力開発の入り口が若者向けのゲームアプリであったのも理由の一つだが、単純に二十歳以上のユーザーで異能力開発を成功させた者が著しく少ない。一説には脳年齢が関係しているとも言われているが、エボルトは公式な回答を出していなかった。

 そういった背景があるため、S2シティは異能力専門の教育・研究機関が集積された学園都市として扱われている。ゆえの正式名称が、異能力専攻領外学園都市だ。

 そして、街の象徴ともいえる『学園』。

 S2シティは東西南北中央の五つに区分けされており、『学園』も五校存在している。

 悠や凍火が通うのは東校。

 サクリファイスが急遽転入することになったのも、この東校だった。

「さ、サクリファイスと申し上げる者なのべ、噛みました! なのです!」

 新品の制服に袖を通したサクリファイスは、スカートを押さえながら顔を赤くする。

 ――昼休み。

 悠は転校生のサクリファイスをつれ、遅刻の引け目もなく自身の教室を訪れた。

 クラスメイトたちは教室に入ってきた見慣れぬ美少女にすぐさま殺到し、

「カワイイ!」「銀髪美少女!」「何歳!?」「お美しい!」「どこの国出身!?」「新手の能力者か!?」「ワードは!?」「貢献度は!?」「端末どれ使ってる!?」「SNSやってんの!?」

 質問攻め。

 まだまだ現代社会に慣れぬ異世界人だ。それに〈翅付き〉とやらの境遇を思えば、こんな風に大人数に好意の眼差しを向けられることもなかっただろう。

 サクリファイスはあうあうと目を回し、教室の隅で見守っていた悠に助けを求める。

「アリマ――! 助けてくださいなのですっ!」

「甘えるな」

「厳しいのです!?」

「あはは……」

 悠の隣で苦笑いするのは、同じクラスに在籍する白木凍火だ。

 二人のもとに駆け寄るサクリファイスを見て、盛り上がっていった一同は声を潜める。

「そんな……」「在真の知り合いなのか……」「飢えた狼の……」「可愛いのに……」

 子熊を可愛がっていたら、凶暴な親熊が現れたような反応だった。

 もっとも少ながらず例外はいて、悠たちをからかうように口笛を吹く者などもいたが。

「おいおい在真ちゃんのツレかよ~。ひょっとして白木ちゃんとの隠し子か?」

「か、かくしごぉ!?」

「黙れ」

「こえ~」

 過激な冗談に頬を紅潮させる凍火、彼女を庇うように睨みを利かせて凄む悠、それを前にしてもへらへらと笑っている男子生徒、クスクスと声を漏らす女子生徒などもいた。

 だが他の大多数の生徒は、悠たちを腫れ物に触るような目で見ている。

「……もしかして、アリマは怖がられているのですか?」

「……はっきり言うな、おまえ」

「たしかにアリマは目付きが怖いけど、いいところがいっぱいあるのです!」

「大声で主張するな」

「そのとおりです!」

「凍火も同調やめろ」

 嫌われ者のフォローに回る女子二人に、悠はため息をつく。

「……ここにいても埒が明かねえ。行くぞ」

「え? ここで異能力を学ぶのではないのですか?」

「おまえみたいな初心者は特別コースだ。ついてこい」

「あ、在真くん! 凍火も! 凍火も行きます!」

「凍火は別の授業取ってるだろ」

「はぐう! そ、そうでした……ううう……」

『学園』の授業はほぼ選択制だ。

 後々のことを考え年齢の違うサクリファイスを無理やり同じクラスに入れたが、授業内容まで合わせる必要はない。特に彼女が学ぶべきは初歩中の初歩なのだから。

 名残惜しそうにハンカチを振る凍火を背に、悠とサクリファイスは教室を移動した。


   ◆ ◆ ◆


 机が六つしかない殺風景な教室の中、悠とサクリファイスが並んで席につく。

 二人の正面には講師の姿があった。

「講師を務めさせていただく銀と申します。どうぞよしなに」

 レトロな黒板の前に立つ、長い黒髪の少女。

 講師といっても外見年齢はサクリファイスと大差ない。サクリファイスが先ほどから片時も視線を外していないのは、彼女の服装が物珍しいものであったのも理由の一つだろう。

「わたくしの衣装に興味津々のご様子で」

「っ! 無遠慮に見てごめんなさいなのです!」

「いえいえ。在真様のお連れ様に頭を下げさせるわけには。どうぞお好きになさってください。ちなみにこれは十二単と言いまして、この国の大昔の衣装でありまして」

 何枚もの衣服を重ねた装束は重くて動きにくそうだったが、

「趣味でございますゆえ」

 少女は苦もない笑顔でそう補足した。

 サクリファイスが異世界の服飾文化に目を輝かせている中、銀は続けて言う。

「付け加えるなら、在真様の姉でもあります」

「えっ……えぇえええ!?」

「今年で十歳になりまして」

「あれ!? アリマが十七歳だから……年下のお姉さんなのです!?」

「これには深い、ふかーい事情が……」

「ねーよ。嘘だよ。はしゃぎすぎだぞ銀」

 悠が指摘すると、銀は楽しげに声を漏らした。

「申し訳ありません。久しぶりのお客様でしたので、つい」

「えっ、嘘なのです!? ど、どこからどこまで!?」

「年齢と俺の姉って部分だ」

「実際には在真様は弟ではなく、命の恩人なのでありまして。あ、年齢のほうは秘密ということで、よしなに」

「アリマが命の恩人……なのです?」

「いいから、銀。異能力開発について教えてやってくれ」

「在真様がそう言うのであれば」

 この教室を訪ねたのは、彼女が説明役として適任だと判断したためだ。異能力を得たいと願うサクリファイスには、まずその仕組みを理解してもらう必要があった。

「さすれば、こちらをご参照ください」

 銀はタブレットPCを取り出し、スキル・クラフトのアプリを起動させる。

 画面には、デジタルドットで描かれた動物のようなものが動いていた。

「これは『アバター』。こちらを育成し、ユーザーが考えた独自の異能力を覚えさせます。アバターが成熟し異能力を身につける頃には、ユーザー同士による対戦が叶いましょう」

「対戦……それで実際に異能力が使えるようになるのですか?」

「否。ここで言う対戦とはあくまでもゲーム、お遊びでありまして」

「そうだったのです。たしかアリマは、アバターなるものに覚えさせた異能力が稀に本人にも発現すると言っていたのです」

 レオを撃退したあと、右も左もわからない状態で説明した事柄だ。よく覚えている。

「然り。アバターに覚えさせた異能力のデータは特殊な電磁波に変換され、ユーザーの脳に送信されます。これが適合するかどうかは運次第。適合すれば晴れて異能力者、適合せずともおもしろ対戦ゲームとしてスキル・クラフトを続けられましょう」

「おもしろ対戦ゲーム……!」

「そこ、別に覚えなくていい言葉だぞ」

 悠が横から注釈し、銀は微笑ましそうに続けた。

「とはいえ、完全なる運任せというわけでもなく。異能力開発で重要なのは、ワードの設定なのでして」

「ワード?」

「異能力の元となる『言葉』でございます。アバターを育成する過程でそれを一つ設定することで、発現する異能力はそのワードを含む内容となります。たとえば……」

「構わねえよ」

 銀がちらりと視線をよこしてきたのを見て、悠がうなずく。

「在真様の場合は『改竄』がそのワードに該当します」

「おまえんとこの魔術でいう、属性みたいなものだと思えばいい」

「属性……なるほどなのです。これは、自分で好きなものを設定できるのですか?」

「然り。ですが前述したとおり、それで適合するかどうかはわかりませぬゆえ。一つの傾向として、そのユーザーに密接に関係したワードであればあるほど脳に適合しやすい……と言われております」

「ふむふむ……だんだんわかってきたのです!」

 サクリファイスは己の理解が深まっていくことに喜びを感じているのか、溌剌とした表情で講師の銀に向き合った。

「ワードを設定し、アバターを育て、電磁波に変換したデータを脳に適合させる! これが異能力を開発するということなのですね!」

「然り――とは言えず。もう一段階ありまして」

「あれ、なのですか?」

「なのでありまして。脳が適合しても自由に異能力を使えるとは限らず。異能力を発動させるには、エフェクトとルールとリスクの三つを設定する必要がありますゆえ」

「じゅ、順番に教えてほしいのです!」

「はいな」

 知的好奇心旺盛なサクリファイスは教えがいがあるのか、銀は小気味良く応じた。

(一癖二癖ある『学園』の講師陣の中じゃ、銀が最も相性がいいと踏んだが……どうやら当たりだったようだな)

 と、悠は教師と生徒を眺めながら思った。

「エフェクトとは、異能力の詳細なる効果の意。こちらは先に選んだワードに関連した内容でなければなりませぬ」

「エフェクトはワードを含む効果……と」

「続いてルールとは、異能力の発動条件。そしてリスクとは、異能力の使用に際し支払われる代償の意。これら三つをバランスよく設定することによって、異能力は真の完成を見ることでしょう」

「……? 発動条件はともかく、代償を決めなければならないのですか?」

「然り。大きな力には必ず代償が伴うもの。大事なのは均衡を保つことでして」

 銀は振り返り、チョークで黒板に三角形の図を描いた。

 三点それぞれにエフェクト、ルール、リスクと記され、三角形の中にはワードと。

「異能力開発とは、どれだけ見事な三角形を作れるかで決まります。エフェクトを強力なものにしたければ、難しいルールと重いリスクを課す必要があるのでして」

「どこぞの門を開くには生贄が必要だろ? 要はそれと同じだ」

「……納得したのです」

 サクリファイスは自身の役割をルールとリスク、〈覇界〉のために世界が繋がることをエフェクトと解釈し考えたのだろう。

 代償なくして力は得られないというのは、魔術にも共通する考え方のようだ。

「補足すると、ルールとリスクは必ずしも釣り合ってなきゃいけないわけじゃない。ルールを複雑にしてリスクを軽くしたり、リスクを重くする代わりにルールを簡単にしたり、どちらかに偏らせる選択肢もありだ」

「ふむむ……それじゃあ、昨日レオに使った異能力はどうだったのですか?」

「あのときは【対象端末の詳細を知る第三者との接触中のみ使用可】っていう難しめのルールを設定した。このおかげで、リスクは比較的軽めで済んだわけだ」

「対象端末というのが、つまり〈窓〉……あのときアリマが私を抱き寄せてきたのは、求愛行動ではなかったのですね」

「なんの話だ」

「どうやら在真様が人知れず罪なお方ムーブをされているご様子で」

 銀の訳のわからない発言を聞き流し、悠は机に頬杖をつく。

「要するに。釣り合いはエフェクト対ルール対リスク――というよりは、エフェクト対ルールとリスク、で取れていればいいということなのですか?」

「然り。とても優秀な生徒でして」

 銀がパチパチと手を打つと、サクリファイスは恥ずかしそうに目を伏せた。

「また、ワードは変えられませぬが、他の三つは発動のたびに変更が可能でして。それはつまり、そのときどきの状況に応じて異能力をアレンジ可能ということ。異能力とは、異能力者の創意工夫によって自在に形を変えるものなのです」

「なのですか」

「なのでして」

 ――以上で、一通りの説明は終了といったところか。

 まだまだ細かい要点を挙げればキリがないが、サクリファイスの様子を見るに、あとは実際に試しながら教える形で大丈夫だろう。

「……奥が深いのです」

 噛みしめるようにつぶやくサクリファイスの口元は、興奮が見え隠れしていた。

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学園最強の異能ハッカー、異世界魔術をも支配する 真野真央/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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