第16話

「窓口はああ言っていたが、あんまりエボルトを信用するなよ」

 エボルト本社ビルを出てしばらく、悠は市街地を歩きながら言った。

「全世界を敵に回しておきながら、社員には平然とボーナスを出すような化物企業だ。隙を見せれば一瞬で丸呑みにされるぞ」

「あの組織は嫌われているのですか?」

 そんな印象はなかったのだろう。隣のサクリファイスは不思議そうに首を傾げる。

「街の外からはな。強大すぎて表向きには誰も嫌うことができないってのが実情だ」

「その言い方だと、まるでこの世界の支配者とも思えるのです」

「力だけ示して実際には支配しないからタチが悪い」

 異能力者を生み出したエボルトがやったことといえば、公にはこの街を作っただけだ。

 他国への侵略や略奪は一切行っていない。

(そもそもなぜ異能力者なんて存在を生み出したのか……まだ答えは掴んでないしな)

 久しく会っていないエボルトの社長の顔を思い出しながら、悠はしばし黙り込む。

 サクリファイスも釣られるように沈黙していたが、やがて口を開いた。

「……具体的に何日後とは言えないのですが、おそらく十日はかからないのです」

「次の追手が来る時期か?」

 隠された主語を探り、悠が確認する。

 サクリファイスは静かに頷いた。

 エボルトに向かう道すがらは遠足に行く子供のようだったのに、今は一転して入学試験に落ちた学生のようだ。なにがそうさせているのかは考えるまでもなく、不安だろう。

「いい機会だから質問させろ、サクリファイス」

「なにを、なのですか?」

「ガディ――ってのはなんのことだ?」

 悠が訊くと、サクリファイスは足を止めた。

 思い起こすのは、レオ・ニードハルドが去る直前に残した一言。

 次は、ガディだ――ガディ、とはなんなのか。

 サクリファイスからも、今の今まで説明はなかった。

 足を止め、顔をうつむかせた様子からも、できれば語りたくないといった心情が窺える。

 しかしそれでも、サクリファイスは律儀に質問に応じる。

「ガディは……次にこちらに転移してくると思われる、魔術師の名なのです」

「人名か。あのレオとかいう奴がわざわざ予告したのはなんのためだ? 単純におまえを脅かすためだとすると、奴も救えねえレベルで小者だが……相当な実力者なのか?」

「はい、なのです。ガディは防御に特化した光属性の魔術師で、傲慢な性格で知られるレオが唯一認める人物なのです」

「それだけじゃねえだろ」

「えっ……?」

「そのガディって奴のこと、あんまり話題にしたくないって顔だぜ。だが必要な情報だ。最低限のことでいいから、話せ」

 敵を知ることは明日の安全に繋がる。目的が彼女を守ることならなおさらだ。

 悠は催促したりせず、サクリファイスが自分から話すのを待った。

「……ガディは、私の護衛役だったのです」

 生贄の少女は沈鬱な面持ちのまま続ける。

「〈覇界〉のための生贄である私を、そのときが来るまで守り抜く――それが私と同じ〈翅付き〉であるガディの使命。私に差し向けられる追手は、彼しか考えられないのです」

「〈翅付き〉……生まれる前から生きる上での役割を決められてるって奴らか。その護衛役とは親しかったのか?」

「それはないのです」

 悠が驚く。

 サクリファイスの否定があまりにもきっぱりとしていて、予想外だったからだ。

 だが――だからこそ。

 生贄と護衛の関係性がどういったものだったか、見えてくる部分もある。

「そうか。ならこの話はおしまいだ」

 悠はそこで、質問の掘り下げをやめる。

 今度はサクリファイスが驚いたような反応を見せた。

「なんだよ。聞いてほしい話でもあるのか?」

「いえ、そういうわけでは」

「じゃあいいだろ。ほら、行くぞ」

 悠は再び歩き出し、サクリファイスも遅れて彼を追った。

「あの! やっぱり聞いてほしい話があるのです!」

 背中から張りのある声を投げかけられて、悠は緩慢に振り向いた。

「私も! 私も異能力を身につけたいのです!」

 握りこぶしを作って言い放つサクリファイスに、悠は思わず言葉を失う。

 サクリファイスはそのまま悠に詰め寄って、さらなる熱意をぶつけた。

「生贄である私は、魔力を蓄えるために一切の魔術を封じられているのです」

「そういやあのレオも、サクリファイスからの反撃はまったく考慮してなかったな」

「アリマの『改竄』とやらは正直まだよくわからないのですが、トウカが使っていたあの凍らせる異能力は、水属性の高位魔術に相当するのです! あああいう力を得ることができれば、私自身で学院の魔術師に対抗することも……っ」

「だから、異能力の身につけ方を教えてほしいって?」

「なのです!」

 躊躇を感じない、強い眼差しと目が合った。

 自分で追手をどうにかできる力が欲しい。動機はおそらく、ボディガードなど不要と切って捨てた悠への不安――ではなく、足手まといになりたくないという意識の現れだろう。

(そりゃそうか。こいつは身内の侵略を阻止するために死にに来たんだ。それだけの覚悟。おとなしく守られるだけのお姫様にはならないよな)

 本当にいい性格をしている。武器を持てば果敢に敵に向かっていきそうな勇猛さだ。

 悠は頭を掻く。

「……答えは『それはできるかもしれないし、できないかもしれない』だ」

「難しいのですか?」

「スキル・クラフトによる異能力開発はある程度マニュアル化されているが、誰でも身に着けられるものでもなくてな。適合するかどうかは多分に運が絡む。無理をすれば脳がスライムみてえになるかもしれねえし……いや、試す価値はあるか」

「なんだか物騒な言葉が聞こえたのですが!」

「通じるってことは、スライムはいるんだな異世界」

 パッと出た例えから思わぬ発見を得る。が、異能力開発の末に脳がスライムのような液状になるのは、脅しでもなんでもなく本当に起こりうる可能性だ。

「ま、おまえの気持ちはわかった。ならおあつらえ向きの場所に案内してやる」

「どこへ行くのですか?」

「この街の正式名称が異能力開発専攻領外学園都市っていうのは教えたよな。これから向かうのはその象徴とも言える場所――『学園』だ」

「『学園』……アリマとトウカが通っている、学校なのですか?」

「ああ。実を言うと、窓口経由でもう手続きは済ませてある。いろいろ都合もいいしな」

「あの、話が見えてこないのですが……?」

 首をかしげるサクリファイスに、悠は告げる。

「だから、おまえも『学園』の学生になるんだよ。異能力はそこで学べ」

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