case 6:そして十二時の鐘は鳴った

「ミス・花菱はなびし、加えてミスタ・カーディルナル。両者とも無事で良かった」


 ベルリッジは、目の前に座る二人の男女に向かって、心の底からそう告げた。五体満足、何事もなく今迄と変わらぬ姿で座る花菱とフレッドは、恒例行事ともいえる言祝ことほぎに、軽く会釈をして返した。


  ――“シンデレラ”がハッピーエンドで終わったことで、無事魔導書グリモワールの中から脱出を成した後。

 物語を進める上で、奇跡の所業ともいえる大魔術の同時刻複数行使に加えて、幻惑魔術ヴィオ・マギア等の他魔術も起動した花菱。実のところ、最後は気力だけで立っていた彼女は、緊張の糸が解けたことで、脱出後に重度の魔力欠乏に陥ったのである。病院での一日の休養を要する程ものであった。

 その間、花菱の限界に気が付けなかったことを悔いたフレッドは依頼caseについての報告書を代理で作成し、そして現在。


 二人は、ベルリッジの元へ無事を伝える為に報告へ来ていた。


「記念に人喰い絵本だった書物ものを読んだのだが……あれは良いね。新訳シンデレラとして本でも出版したらいかがかな、ミス・花菱」

局長ミスタ・ベルリッジ……冗談は依頼書の杜撰ずさんさだけにしてください」


 むっとした声音の花菱に、はっはっは、と何とも思っていないような真意の見えない笑い声が返ってくる。その花菱の隣、同席しているフレッドは、魔導書管理局の局長への態度にただただ冷や汗をかいていた。


(ミス・ハナビシ……いくら第零オリジンと言っても、同席する俺の心労を減らす為。どうか局長へと敬意を払ってください……!)


 しかし、そんなフレッドの思いは花菱に届くことはない。


「いやはや、これは手厳しい。資料作成課に伝えておこう」

「よろしくお願い致しますよ。後、今回のような受注の仕方は今後実施しないでいただきたいですね」

「すまないね、急を要するものだったものでね。まあ、悪かったとは思っているよ。出来る限り善処しよう」


 衰えることない体術の腕と増える一方の魔術の知識。魔導書管理局局長は、その力と人望を以って組織を動かす。にこりとその顔に湛えられた笑みに、花菱は内心ちっと舌打ちをした。


(……ほんっと、喰えないじじいめ)


 だが、この人の主導の元だからこそ、花菱は自身がこうして苦も無く第零オリジンとして活動出来ていることも確かなのだ。


「兎にも角にも、これにて依頼達成case closedだ。これからも各自、魔術司書として仕事に励むように」

「「はいッYes, sir!」」



  *    *    *    *



「ミス・ハナビシ」

「……ん?」


 ベルリッジ私有の応接間から出たところで、フレッドは呼び止めた。先に出て歩き始めていた花菱は、振り返り見る。


「何だ、用か?」

「……やっぱり、何故あの結末Endになることが予測できたのかが、分からなくて」


 丸一日、花菱が眠っている間考えに考え抜いても分からなかったフレッド。深刻な表情で聞くが、花菱はなんて事のない軽妙な声色で返す。


「そりゃ分かるだろ」


 そう言ったところで、花菱は気が付く。目の前の男は、今まで碌に魔術司書としての依頼caseに携わらせてもらっていないと推察される振る舞いをしていた。思考回路が出来てなければ、手掛かりがいくらあっても真相には辿り着けない。


「……魔導書グリモワールの中は、我々の概念が強く影響する。あのストーリーの歪みは、私の“シンデレラ”という物語への概念が作用したもんだと思う」

「確か、ミス・ハナビシの概念は……真実の愛を求める話でしたね」

「そう。だからシンデレラかのじょは疑ってしまったのさ。王子の愛情が本物かどうかを」


 着飾った姿、本来の姿。その差異の狭間で、彼女が人間らしくも疑念を抱いたのは、花菱の“シンデレラ”への概念が物語を改変したが故だろう。


「でも最後には結ばれた。これは紛れもなく、フレッド。君の“シンデレラ”への概念がもたらした結果だろう」

「幸せを掴む話……成程。なるべくしてなった、ということですね」


 そこまで導くと、流石のフレッドでも道理が通ったようで。満面の笑みを花菱へと向けた。


「そそ。そーゆーことだ」

「説明を有難うございます。ミス・ハナビシ」

「ん」


 短く、そして満足そうに返す。そして花菱は、またフレッドに背を向けて歩き出す――。


「……ミス・ハナビシ!」

「今度は何だ?」


 立ち止まり、花菱は顔だけで振り返る。フレッドは、意を決して、それでいて不自然でないように、言葉を選んで口を動かした。


「よろしければ、ですが。此れからお昼ご飯をご一緒しませんか?」


 伺うように、じっとその横顔を見つめる。そしてその口の端がにやりと上がって。


「構わんぞ。じゃあ食べに行くとしよう」

「……有難うございます!」


 そう言葉を交わすと、また独りでにさっさと歩き出す花菱。己よりも小さなその背中を微笑ましげに見つめながら、フレッドはゆっくりと歩き始めた――。



  *    *    *    *



 そして――、愛する二人は結ばれました。


 真実の愛を祝福するかのように、りーんごーんと十二時の鐘が鳴ります。


 全ての魔術が解けてしまう、十二時の鐘。




 その鐘が何回鳴り響こうとも。シンデレラと王子様の、繋いだ手のひらが解けることは有りませんでした――。



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そして十二時の鐘は鳴った 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

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