case 5:物語は展開する

 最後の舞踏会へとシンデレラを送り届け後。フレッドは最早慣れた様子で、顔色を変えることなく御者台に座っていた。しかし、その内心はほんの少し、不安が募る。


「ミス・ハナビシ。居るんだろう」


 そう言うと、誰も居ないただの風景の間から、ふわりと一人の人間が急に現れる。勿論、花菱ハナビシ幻惑魔術ヴィオ・マギアだ。


「何だね、フレッド君」

「……“シンデレラ”には、あんなシーンはなかった筈ではないでしょうか?」


 先程、馬車で館を出るときのシンデレラと魔術師の会話。それを聞いていたフレッドの背には、冷や汗が流れた。


 この世界を出るのは、いわゆるが条件である筈だ。


「そうだな」


 シンデレラが王子の愛を疑う、予定外の筋書きへとシフトしながら物語が進んでいるのにも関わらず、あっけらかんとして花菱は返す。


「貴女には、結末が見えているんですね」

「まあな。――安心しろ、我々はこの魔導書グリモワールから出られる」


 にっこりと、それでいて不敵さのある笑みで御者台の上に居るフレッドを見据えた。そして、ちょいちょいと手で手招きをする。


ひとつ、一緒に結末を見届けようじゃないか」


 花菱のその言葉に、フレッドは御者台からそっと地面へと降り立った。


「信じていますよ、ミス・ハナビシ」

「信頼に応えよう、第零オリジンの名に懸けて」



  *    *    *    *



「またあの娘だ」

「美しい娘ね、どこの子なのかしら」


 人々が密やかに噂する中、シンデレラは王子様と最後の舞踏会を楽しみます。

 しかし、楽しい時間はあっという間。

 気が付けば、十二時の鐘がなる五分前となってしまっていました。


 ――いけないわ、十二時の鐘がなったら、全ての魔術が解けてしまう!


「王子様」

「どうしたんだい?」

「わたしは、帰らなくてはなりません」


 優雅に一礼をして、帰ろうとするシンデレラ。王子様はその腕を掴んで引き留めます。


「待ってくれ。貴女はいつも、煙のように消えてしまう」

「……ごめんなさい!」


 優しく掴んでいた王子様のその手を無理やり振りほどいて、シンデレラは走り出しました。

 予想外の出来事に、王子様は驚いて追いかけることが出来ません。


 ――いいの。わたしなんて、王子様の隣に立てるような娘じゃないもの。


 魔術が解ける前に、館に帰らないと。シンデレラは長い階段を降りていきます。


 ――これは、優しい魔術師さんが見せてくれた、優しい夢なのよ。


 階段を、降りていきます。


 ――仕方ないのよ。どれだけ好きでも、どれだけ愛していても。わたしの名前すら知らないあの人とは。


 階段を、降りて。


「待ってくれ、君!!」


 シンデレラの背中に向かって、階段の上から王子様は叫びました。

 知らないふりをして、シンデレラは階段を降りようとします――。



  *    *    *    *



 階段を降った先のエントランスホール。その柱の影から見つめる二人の視線。その片方、花菱はなびしは静かに追加で魔術を発動する為の魔力を練る。


「ミス・ハナビシ。何を……?」

「なあに、ちょっとしたお手伝いさ。魔術師らしい、ね」


 そう告げると、花菱は魔力をシンデレラへと向けて、そして収束させた。


「〈止まれfreeze〉」



  *    *    *    *



 しかし、シンデレラのその足が、次の段へと降りることはありません。


 ――だめ、身体が動かない。


 その間に、するすると階段を降りてきた王子様は、後ろからシンデレラを抱きしめました。


「行かないでくれ、愛しい人。私には、君以外考えられないんだ」

「いけません。……王子様の相手は、わたしではいけないのです」


 ――だって、わたしは。本当の姿を隠した臆病者だもの。


 魔術師のちからで着飾っているだけの、ただの娘。シンデレラはそのことに、引け目を感じているのでした。

 しかし、王子様はシンデレラを離しません。


「例えどんな身分でも、私は構わない! 私は、貴女の清らかな心に、朗らかな笑顔に心を奪われたんだ!」



  *    *    *    *



「時に、フレッド君」

「こんな大事な時に何でしょうか、ミス・ハナビシ」


 視線はシンデレラと王子の所から外すことなく、二人は会話をする。


「君にとって、“シンデレラ”というお話はどんなものだっけか」


 魔導書グリモワールの中で出会ってから、最初に投げかけられた疑問。フレッドは同じように答える。


「幸せを掴む話、ですよ」

「だな。それに加えて、私は真実の愛を求める話、という訳だ」


 それがどうかしましたか、とでも言いたげに、怪訝な顔をフラッドは花菱へ向けた。


「じゃあ、結末Endは決まったもの同然だな」


 ただ、にいっと笑って花菱は。


「残念ながら、私は魔女でも魔法使いでもなく――自由な魔術師なんでね」


 


「すまないね、シンデレラ」

(十二時前だが……ま、例外は何にでも付き物さ)



  *    *    *    *



 王子様が、そう言った時でした。


「えっ……!?」


 シンデレラにかけられていた魔術が、するすると解けていったのです。


 美しいドレスは、茶色く使い込まれた地味な服へ。輝くガラスの靴は、なめし革の古ぼけて吐き潰された靴へ。


「こ、これは……」


 王子様も、突然の変化に驚いてシンデレラを離します。


「な、なんで……!? 十二時の鐘が鳴る前なのに……」


 そこで、シンデレラは気がつきました。王子様に、自分自身の本当の姿を見られたことに。


 ――もし、もしも。本当に王子様が私を愛してくれているのなら。


 シンデレラは、意を決して振り返ります。


「……王子、様」


 真っ直ぐと王子様を見つめて、シンデレラは言いました。


「これが、わたしの本当の姿です。あのドレスも、靴も、心優しい魔術師さんが掛けてくださった魔術によるものです」


 王子様は、何も言いません。服の裾をぎゅっと握りしめ、勇気を出してシンデレラは続けました。


「わたしは、王子様を一目見たときからお慕いしておりました!」



「……このような姿のわたしでも、貴方様は変わらず愛してくださいますか?」



 震える声を振り絞って、シンデレラは言い切りました。それに、王子様はじっと耳を傾けていました。

 そして。


「何を言っているんだ」


 低く、怒りの込められた王子様の声に、シンデレラは肩を震わせます。その肩に王子様は手を添えて、続けました。


「当たり前だ!! 名を知らなくとも、どんな服をまとっていようとも! 私は、他ならない貴女を」



「貴女を、愛している」



 その言葉に、シンデレラの目から涙がこぼれ落ちました。


「王子、様」

「チャーミング。どうか、私のことはチャーミングと呼んでくれ」


 涙を指をぬぐいながら、王子様――チャーミングは言います。


「貴女の名を聞いても良いかい?」

「ええ。わたしは、わたしの名前は……シンデレラよ」


 そして、二人はにっこりと幸せそうに微笑みあって。




 どちらからともなく、口づけを交わします。




 そして――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る