case 4:魔術はいずれ解けるもの
手を取ってシンデレラが立ち上がると、魔術師は言います。
「貴女にこれから魔術を掛ける。だけれど、シンデレラ。一つだけ注意することがある」
「注意すること……?」
シンデレラが聞くと、魔術師はこう言いました。
「それは、たった一つだ。――十二時の鐘が鳴るまでに、この館へ戻って来ること」
人差し指を立てて、魔術師は続けます。
「全ての魔術は、十二時を過ぎると解けてしまう。だから、魔術が解ける前に帰って来ること」
そう、魔術師の掛ける魔術は、日付が変わると解けてしまうのでした。十二時の鐘が鳴れば、魔術のドレスも、靴も、全てが元通りになってしまいます。
「覚えていて、くれる?」
魔術師は、尋ねます。シンデレラは、思いました。
――十二時の鐘が鳴る前に帰って来る。そのくらいなら、守れるわ。
「ええ、勿論。これから三日の間、十二時の鐘が鳴るまでに帰って来るわ。それで舞踏会に行けるなら!」
シンデレラがにっこりと笑って言うと、魔術師は満足そうにうなずきました。
「では、シンデレラ。貴女にとびきりの魔術を掛けよう」
「――〈
魔術師が呪文を唱えると、あら不思議。茶色く地味だったシンデレラの服は美しいドレスに。皮の靴は、輝くガラスの靴になりました。
「まあ綺麗……! これなら舞踏会へ行けるわ!!」
また、魔術師が呪文を唱えると、ネズミさんが美しい白いウマになり、カボチャが豪華な馬車へと変わりました。
「私の弟子である彼が、貴女をお城まで送りましょう」
「ありがとう、魔術師さん。お弟子さんもありがとう! 必ず、必ず十二時の鐘が鳴る前に戻ってくるわ」
馬車に乗ったシンデレラは、にっこりと笑って魔術師に言いました。
「舞踏会へ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、シンデレラ――」
* * * *
シンデレラを乗せ
不安定な座面、スピードを上げながら走る馬車。あんな恐怖体験は二度とないだろうとフレッドはしみじみ思う。そして、乗り物酔いをしない体質で良かった、とも。
「フレッド、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「ああ、ミス・ハナビシ……」
ローブのない燕尾服姿で、フレッドのとなり、御者台への乗り込んできた花菱。ぐったりとしつつもそれに返答をする。
「貴重な体験をさせてもらいました。二度としたくないです」
「そうか。では残念なお知らせだ」
「何でしょうか……」
残念と言いつつも、全く残念そうじゃない顔つきの花菱に、嫌な予感がしつつもフレッドは尋ねてみる。
「後四回は同じことをやってもらうぞ」
「う、ええ……」
後、四回も、同じ恐怖アトラクションを。その事実だけで、少し花菱に命を預けたことを後悔しそうになる。
「――ん?」
が。フレッドは気が付く。後四回という具体的な数字、つまりは。
「後四回ということは、……舞踏会は三日連続で行われると?」
「うん、頭が回るようになってきたみたいだな。良い兆候だ」
にやり、と笑みを浮かべて花菱はフレッドを見る。
「どうやら、原作の設定を一部流用しているみたいだな。とはいえ、やることは変わらない筈だ」
「そう、ですね。後四回も……」
「頑張ってくれ。役を降りることは叶わん」
慰めるようにポンポン、と花菱がフレッドの肩を叩く。が、それ位で癒される恐怖ではなかった。覚悟を決めるしかないのは分かっていても、怖いものは怖い。
「あんまり長いは居ていられないな。私は館に戻る。いつ物語の続きが始まるか分からないし」
「そうですか。……あ、ミス・花菱」
「よっ、と……。で、何だねフレッド君」
御者台を飛び降りて振り返る花菱に、フレッドは満面の笑みで告げた。
「演技、とてもお上手でしたよ」
「そーゆーのは全部終わってから言え、気が散る!!」
怒号が返ってきたのは、言うまでもない。
* * * *
「おかえり、シンデレラ」
「ただいま、魔術師さん」
遠くで、りーんごーん、と十二時の鐘が鳴る音がします。
魔術師の注意を受けて、早く帰ってきたシンデレラの服が、みるみるうちに元に戻っていきます。
「本当だ。魔術が解けてしまったわ」
「そう。だから、舞踏会で魔術が解けてしまったら困るだろう?」
「そうね、明日も十二時の鐘が鳴る前に帰って来るわ」
――王子様の前で、こんな姿は見せられないものね。
シンデレラは思います。舞踏会で出会った勇ましく優しい王子様のことを。
二人はお互いに一目で恋の落ちたのです。
「シンデレラ、舞踏会はどうだったかな?」
「楽しかったわ! あのね、魔術師さん。私、お城で王子様に出会ったの」
シンデレラは語ります。王子様のその声の美しさ。姿の勇ましさ。心の優しさを。
「それも、魔術師さんのおかげよ。本当にありがとう!」
シンデレラがそう言うと、魔術師は嬉しそうに笑いました。
「どういたしまして。シンデレラ、君が楽しそうで良かった」
そして、ぱさりと長いローブを
「では、私はまた明日の夜。此処に迎えに来るからね」
そう告げると、それきり魔術師の姿はさっぱり、シンデレラには見えなくなってしまいました。
それでも、もう一度。溢れる感謝をシンデレラは言いました。
「ありがとう。魔術師さん」
* * * *
それから、次の日も魔術師は現れ、シンデレラに魔術をかけました。
舞踏会では、王子様はシンデレラとだけ踊り、シンデレラも王子様とだけ踊ります。
王子様と踊る美しい娘がシンデレラとは知らず、継母達はその様子を悔しがりました。
シンデレラと王子、二人は紛れもなく恋に落ちている。
そのはず、でした。
* * * *
「ねえ、魔術師さん」
「どうしたのかな、シンデレラ」
「私、本当に王子様に愛されているのかしら」
最後の舞踏会が開かれる夜。魔術を掛けてもらい、馬車に乗ったシンデレラは言いました。
「舞踏会で踊っている間、王子様は私に求婚してくださるの。でも、私は本当は、あの場所に入れるような娘ではないのよ?」
十二時の鐘が鳴って魔術が解けるように、王子様の言葉も夢ではないか。シンデレラはそう思ってしまったのです。
「シンデレラ……」
シンデレラの言葉に、魔術師は、悲しそうな表情をしました。
「ごめんなさい、魔術師さん。せっかく素敵なドレスや靴を私にくださったのに。言うべきではなかったわ」
「いや、いや。シンデレラ。私は一つ君に伝えておこう」
魔術師は、続けます。
「王子様は、きっと君がどんな姿であろうとも、シンデレラ、君がことが好きなのに変わりはないよ」
そう言った魔術師の笑顔に、シンデレラはにっこりと微笑みました。
「……ありがとう、魔術師さん。最後の舞踏会を楽しんでくるわ」
――これで、最後。だからこそ、楽しむわ。
「ああ、いってらっしゃい。シンデレラ――」
魔術師がそう言うと、シンデレラ乗せた馬車が、舞踏会の行われるお城へと走り出しました。
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