case 3:割り当てられた役割

「ミス・ハナビシ。原生のカボチャpumpkinひとつ頂いてきました」

「お、見つかったか!」


 フレッドの手元には、小ぶりながらも紛れもないカボチャがひとつ。『道具の作成にあたって確かめたいことがある』と告げた花菱はなびし。その必要材料として挙げたのが、一番手に入りやすいと考えられるカボチャだった。


「有難う、では早速実験をしないとな」

「実験……ですか」


 のっぴきならない言葉が出てきたことで、フレッドは表情を固くした。対照的に花菱は鼻歌まじりに、受け取ったカボチャをコツコツと叩いている。

 魔導書グリモワールの中といえども、感覚自体は現実世界に即している。カボチャも身が詰まった音を返すのだ。


「さて、フレッド君。……“シンデレラ”の中で魔法使いが使う詠唱は?」

「ビビディ・バビディ・ブー、だったかと」

「その真面目顔に驚くほど似合わないな」

「余計なお世話です、ミス・ハナビシ」


 困り顔のフレッドに、ニヒヒとしたり顔で花菱は返す。しゃがんで手に持っていたカボチャを地面に置くと、花菱は下がれとフレッドに告げて。


「では」


 一つ、深い呼吸をして。花菱は自分の中の魔術師のスイッチを入れる。途端に周囲に彼女の魔力が漂い始め、その大きさにフレッドは生唾を飲んだ。

 集中、花菱は魔力を収束してかぼちゃへと向けると、声を発する。


「――〈ビビデ・バビデ・ブー Bibbidi - Bobbidi - Boo〉」

「うわ……?!」


 その瞬間、カボチャを中心にもわっと白煙が膨れ上がった。視界を覆い隠すようなそれに、二人共思わず目を瞑る。そして次に目を開いた時に、目の前にあったのは。


「カボチャの、馬車……!」

「ヒュウ、ビンゴだ」


 まるで映画からそのまま出て来たかのような、お伽噺の如きカボチャの馬車が其処にはあった。

 カボチャらしいフォルムに、蔦柄つたがらの装飾、しっかりとした造りの御者台。着けられた扉の取っ手を恐る恐るフレッドが開けると、上質な手触りの座席が存在していた。

 その背後から花菱は覗き込むと、満足げに頷く。


「うん、上等上等。何処其処どこそこの令嬢の乗り物だね、これは」

「そんな筈は……」


 愕然とした様子で独り言ちるフレッド。


「魔術の原則は等価交換。例え第零オリジン程の実力がある者であったとしても、これ程の質量保存の法則・エネルギー保存則の逸脱は出来ない。そうでしょう?」


 魔術の原則は等価交換。魔力を対価として差し出し、術式を起動させることで思い描いた現象を引き起こすのが魔術だ。しかし、それにしても、だ。小ぶりなカボチャを、人間が乗れるサイズのカボチャの馬車へと変化させるのは魔術という存在の埒外にある奇跡ともいえる所業である。


「嗚呼、その通りだよThat is right。今回限りの特別な魔術さ」


 花菱は、得意げに人差し指を立てて笑う。


「……これは言うなれば、物語ものがたり補正力ほせいりょくによる魔術という存在の概念拡張だ」


 物語補正力。物語の影響によって働く力によって、という意味だろうとはとらえられたが、今一つフレッドにはピンと来ていない様子だった。もう一押し、と花菱は告げる。


「フレッド君。――我々は今、現実世界で魔術師であるとともに“シンデレラ”に出てくる魔法使いなんだよ」

「……成程! 魔導書グリモワールの中、つまり“シンデレラ”という物語において、魔法使いが為した魔術だから使える、と」

「物分かりが良くて助かるね。そーゆーことさ、第二段階クリア」


 着々とひとつずつ、為すべきことや魔導書グリモワールの中の法則を明らかにしていく。自身よりも数段若く見える花菱のその手腕に、フレッドは驚かされるばかりである。


「シンデレラを劇的ドラマチックに魔法に掛けることができるという訳ですね」

「嗚呼。後は第三段階――筋書通りに、かつ臨機応変に対処して物語を終わらせればいい」


 花菱がそうニヒルに言い切った所で、それは起こった。


「!?」

「これ、は……!」


 タイムラプス撮影を行ったかのように、二人の周囲の時間が進んでいく。傾き始めていた日はすっかりと沈み、空は絵に描いたような漆黒にいくつかの白い点が輝くばかり。


「物語の時間経過と共に、早送りされるシステムか……!」

「脱出までの時間が短いのはいいですが、ということは」



「「魔法使いの出番!!」」



 顔を見合わせ、息ぴったりに叫ぶ。花菱は頭をフル回転させて、魔術師が二人でも齟齬が起きないストーリーを何通りか組み立て、そして最善策を選び取る。


(これが一番分かりやすい、か)

「……フレッド、君は魔法使いの私の弟子役だ。此処で待って、馬車の御者をしろ。私は“灰被り”を迎え行く」


 そう告げると、花菱は小さく「変わりmimic換わるmimic」と呟いた。幻惑魔術ヴィオ・マギアが発動し、魔術師らしい長いローブを身に纏った姿へと変わる。


「分かりました。馬は」

「そこは筋書き通りに、な? いいか」


 真正面からしっかりと視線を合わせ、声色に力を込めて花菱は言葉を選ぶ。


「此処からはどうなるか分からない。私がなるべく表で立ち回るが、何が起こるか分からない世界だ」


 花菱にとって、これは儀式だった。


「……はい」


 若いながらの飛び抜けた能力。幾多の修羅場をくぐり抜ける中で、掬いきれない命もあった。今となってはもっと上手く立ち回れた依頼caseもあったと感じられた。


「第零級魔術司書、花菱エリとして最善を尽くす。だから」

(圧力を掛けろ。極限まで掛けろ。追い詰められた時ほど、……人間は強い)

「その命、私に預けてもらえるか」


 踏ん張りどころで彼女は、信頼、期待、懐疑、反感、自身の立場への重圧をわざと自分自身に再認識させる。はいYesでもいいえNoでも構わない、その質問を投げるのだ。

 ただ、今回ばかりは花菱も驚かされた。フレッドは、にっこりと笑みを浮かべ。


「勿論です。俺の命、よろしくお願いしますよ」


 敬服と信頼を以て、即答、したのだから。



  *    *    *    *



 窓枠に凭れ掛かって、シンデレラは床に座っていました。

 窓の外、遠くに見えるお城は美しい光が灯っています。


 ――きっとお母さまもお姉さまも、舞踏会を楽しんでいらっしゃるのね。


 そう思うと、ネズミさんやトリさんと広い館で過ごすシンデレラは悲しくなってきました。ぽとり、と一筋、涙が零れ落ちます。


「綺麗なドレスがあれば、わたしだって舞踏会に行けるのに」


 その、時でした。


「――お困りですか、お嬢さんlady

「だ、誰っ!?」


 ――部屋には誰もいないはずなのに。


 シンデレラが振り向くと、そこには、不思議な格好をした人が。


「私は、通りすがりの魔術師さ」

「魔術師、さん……?」

「そう。貴女を舞踏会へと連れていく為に来た魔術師さ、“灰被りシンデレラ”」


 ――わたしを、舞踏会に?


 シンデレラは、驚きます。それが本当なら、どれほど嬉しいことでしょう。しかし、シンデレラは舞踏会の為のドレスも靴もありません。

 魔術師と名乗った不思議な人は、ふわりとローブをひるがえして、シンデレラの目の前にひざまずきました。


「私は魔術師。魔術を使って、貴女に相応しいドレスと靴を贈りましょう」

「……本当に? わたしを舞踏会に連れていってくれるの?」


 シンデレラは、もう一度聞きました。そうすると、魔術師はにっこりと笑顔を見せました。


「本当だよ、シンデレラ。私はその為に来たんだ」


 そう言うと、魔術師はシンデレラに向かって手を差し出しました。




「さあ、手を取って。貴女に、魔術を掛けましょう。とびきりの、魔術を」

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