第283話 勝利

 そこからの戦は戦とは呼べないくらい一方的なものとなった。


 敵の郡長が死んだか、もしくは気を失った状態になっていたようで、敵兵達は右往左往しており、次々に侵入してくるカナレ兵達に全く対処が出来ていなかった。


 残っていた魔法塔も制圧完了。魔法も撃てなくなり、もはや打つ手がない状態であった。


 降伏する者、砦から逃げ出す者が続出。


 そして、


「プルレード郡長のバースを発見しました!」


 気絶していたプルレード郡長バースを発見した。



 頭を打って気絶したようだった。

 天守キープは半壊状態で、彼の周辺にも崩れた瓦礫が散乱していた。瓦礫の下敷きになって死んでいないのはだいぶ運が良さそうだった。


 郡長を捕縛し、私たちはそれを敵軍に通達した。


 砦内で抵抗していた勢力も、流石に郡長が捕えられたと知れば抵抗する気も失せたのか、全員降伏していった。


 こうしてプルレード砦はあっさりと陥落した。



 ○



 プルレード砦を落とした後、砦の修繕を行う。

 一旦、飛行船を降ろして、シャーロットを地上に戻したのち、急ピッチで修繕を進めた。


 プルレード砦が落ちても、クラックスの丘に陣取っている兵士たちと、オーロス城の兵士たちがいる。


 オーロス城の兵士たちは援軍に来ようとしていたようだが、一瞬でプルレード砦が落ちたと知り、一旦帰還したようだ。


 クラックスの丘の兵士たちは動きがない。

 彼らは今戻るべき砦を無くした状態だ。

 オーロス城に行くにも、プルレード砦付近を通る必要がある。もし動いた場合、素通りはさせない。


「バース郡長に降伏を指示させるべきです。郡長の言葉なら従うはずでしょう」


 リーツがそう提案した。

 郡長の命令があれば、クラックスの丘にいる兵士たちは抵抗を止めて大人しく降伏するはずだ。オーロス城の兵士たちがどう動くかは不明であるが、このままオーロス城を守り切るのは難しいのはわかっているだろうし、降伏してもおかしくない。


 バースをここで殺して討ち取ったと敵に伝えても、降伏するどころか激怒して徹底抗戦をされる恐れがある。敵兵の士気も大幅に上がるだろう。そうなると、戦えば自軍に大きく被害が出る恐れがある。


 私たちはリーツの提案通り、バースに降伏の指示を自軍に送らせるためバースの回復を待った。


 しばらくすると、バースは目を覚ました。


 私、リーツ、ミレーユ三人で説得に当たる。

 ロセルは慣れない相手だと緊張して喋れなくなる時がまだあるので、今回は連れて来ず、今後どうするか戦略を考えてもらっている。


 ミレーユは果たして余計なことをしないのか心配だったが、こういうの得意だから連れて行ってほしいと頼まれた。


 話して説得することが得意なんじゃなくて、拷問して言うことを聞かせるのが得意なんじゃないだろうな?


「あんまり荒々しいことはするなよ」

「分かってるよ〜」


 小声でそう頼むと、ミレーユはいつも通り飄々とした態度で返答した。あまり信用はできない。まあ、いざとなればミレーユに任せるのもありだろう。


 バースは砦にあった部屋に閉じ込めてた。

 それなりに整った部屋なので、もしかするとバースが生活していた部屋かもしれない。


 私は部屋に入りバースと対面した。

 報告にあった通り目を覚ましていた。

 椅子に座ってじっとこちらを見ている。

 あまり顔色は良くないが、目には生気が宿っていた。私を殺してやろうというくらいの表情で睨んできており、気圧されてしまう。

 自分の砦をここまでめちゃくちゃにされて怒らないのが無理があるか。


 一応、鑑定をかけてみる。


 年齢は40歳。

 武勇が70台でそこそこ、統率、知略、政治力は60台。目立った欠点はないが、特別優れた能力もないようだった。どの能力値もほとんど限界値近いので、真面目に訓練を積んできたのだと分かる。


「初めまして、私はカナレ郡長のアルス・ローベントです」

「バース・ミクニスアだ。カナレ郡長はかなりの若造だと聞いていたが、噂は本当だったようだな」


 バースは私を睨みつけながらそう言ってきた。

 15歳になった私はこの世界の基準では子供ではない。ただ、領主としてかなり若い部類に入るのは間違いなかった。


「敗残の将に何の用があってきた。早いところ首を刎ねればよろしいだろう。命乞いなど無様な真似はせんぞ」

「あなたの命を取る気があってここに来たのではありません。説得をしにきたのです」

「説得?」

「はい。あなたをここで処刑してしまえば、クラックスの丘にいる兵士たち、またオーロス城の兵士たちから怒りを買うのは間違いありません。抗戦をされれば、私はあなたの兵達を殺すよう命じなければいけません。あなたが降伏を宣言し、それを兵士たちに伝えれば大人しく降伏してくれるでしょう。被害を最小限に留めるために、降伏を宣言してもらえないでしょうか?」


 徹底抗戦されればこちらが困るという話ではなく、兵を殺さなければならないのでそれを避けたい、という形で私は話をした。そちらの方が協力を得られる可能性が高いと思ったからだ。


「ふん……何を言うかと思えば。馬鹿なことを。お主の言いなりになどなるものか。死者が増える? 上等だ。我がプルレード兵は最後の一人になるまで勇敢に戦い抜くのみ。カナレなどに屈するわけにはいかない」


 すぐに説得は流石に出来なかった。かなり抵抗の意志が強いようだ。


「我が砦をここまで破壊した連中の言葉など聞くわけにはいかん」

「バース郡長、あなたは我々が非情な侵略者だと言っておられるようですが、我々がプルレード砦を攻めたのはサイツ軍がミーシアンに攻め込んだのが発端です」


 リーツが説得にあたる。


「悪いのはサイツ側と言いたいのか?」

「発端はサイツ総督の決断にあると言いたいだけです。プルレード郡が攻め込まれるリスクを冒してでも、サイツ総督はミーシアンに攻め込んだ。そしてプルレード砦はサイツ総督の決断の犠牲になった。違いますか?」

「マルカ人のくせに口が回る。そうか、お前が噂のリーツ・ミューセスか」


 侮蔑するような表情で、バースはリーツを睨む。差別意識があるようだ。リーツの活躍でカナレでのマルカ人差別は徐々に減ってきたのだが、ほかの場所に行けば差別は根強く残っている。


「そんな詭弁で私の気は変わらんぞ。総督は何も悪くない。プルレード砦を守りきれなかったのはこの私の落ち度だ。当然ここで降伏などしてこれ以上の生き恥を晒すわけにはいかん」


 バースのサイツ総督への忠誠心はかなり高いようだ。サイツ総督は元は総督ではなく、下剋上を起こして総督位を簒奪したという話だったが、それでもここまで忠誠心を得ているのか。それだけやり手なのだろう。


「気持ちは固そうだね〜。こりゃ無駄かもね。まあ、別にアタシらはアンタを殺しても何も困らない。坊やが優しいから言ってるだけなんだけどね」


 ミレーユがそう言った。


「嘘を吐くな。我がプルレード兵が抵抗をすれば、勝利は奪えずとも貴様らの兵を大勢道連れにすることだろう」

「あっはっは、道連れ。無理だね。アンタあの飛行船見ただろ? オーロス城にいる連中もこの砦と同じ感じで落ちるよ。城破壊してパニック起こしてる間に、中の兵を片付ければいい。簡単な仕事だ」

「な、何だと!?」

「おっと、オーロス城はこの砦と違って、防壁内に民間人が住んでる小さな町があったよね。巻き込むことになるだろうけど、まあ、仕方ないか戦だし」

「き、貴様……」


 怒りをこもった表情を浮かべるバース。


「クラックスの丘にいる兵士なんて、一番簡単に殲滅できるね。飛行船見ただろ? あれで奴らの食糧庫を狙って食料と水全部燃やし尽くすのさ。砦からの補給ももうないし一瞬で兵糧切れ。丘の上で近くに水場もない場所だから、水も飲めなくなる。水が飲めなくなったら人間って早く死んじゃうからね。二日もすればまともに動けなくなっちゃう」


 実際は食糧庫を狙うピンポイント爆撃は難しい可能性が高い。しかし、バースにそんなことは分からないだろう。


「アンタがこのまま抵抗し続けたらサイツ軍は何の抵抗も出来ず、無様に無駄死にする。アンタが思っているような、必死の抗戦なんて起きない。一方的に虐殺が起きるだけさ」

「な……ぐ……」


 バースの表情に汗が滲む。

 ミレーユの言葉に間違いがないと分かっているのだろう。


「私たちは無駄に兵を殺したくないだけだ。兵士たちは普段は農民として暮らしている者、街で普通に生活していた者も多い。そんな彼らを殺したくはない」

「貴様……先の戦いでは大勢サイツ兵を殺した割に、良く言うではないか」


 バースは皮肉を言っているが、言葉ほど表情には余裕がなかった。


「あの時は、攻められた側だったので殺すしか選択肢がなかっただけだ。今回は違うだろ」

「……ガキが……口では偽善者ぶっても、魂胆は分かっておる。サイツの将兵を生かして良いように使いたいだけだろ。……分かっている……分かっているが……」


 バースは葛藤するような表情を浮かべている。


「我が領民たちが無駄死にするのは、見過ごせはせん……」


 ポツリとバースは言った。どうやらミレーユの言葉を大方信じたようである。

 飛行船の恐怖を身に持って味わったのが大きいのだろう。


「オーロス城とクラックスの丘の兵士たちに、降伏を促していただけるのですね?」

「ああ」


 こくりとバースは頷いた。



 その後、バースに書状を書いてもらい、オーロス城とクラックスの丘の兵士たちに使者を送って、書状を届けさせた。

 戦中は、使者が斬られることもたまにあるが、今回はバースがこちらの人質のような状態になっているので、斬られることはないだろうと思い送った。実際、予想通り無事に戻ってきた。

 書状の内容は単純で、即座に降伏するようにと勧告している。


 クラックスの丘の兵士たちは、書状を送ったら郡長指示通り即座に降伏した。

 プルレード砦が陥とされ、兵数的に取り返すのも難しく、どうすべきか選択に迷っていたところだったのだろう。ここで降伏という選択肢をバースから与えられたため、迷わず飛びついたのだろう。


 一方、オーロス城は一度の書状では降伏しなかった。

 郡長が直接書いた書状というのは、筆跡から分かるだろうが、それでも意地があるのか即座に降伏はしなかった。


 その後、何度か降伏勧告を行う。

 オーロス城の方にも、戦の流れが情報としてどんどん伝わっていったようで、勝ち目はないことを悟ったのか降伏勧告に応じた。


 こうしてプルレード砦とオーロス城の二つを陥落させた。

 プルレード郡にはほかに貴族が治めている領地は存在するが、小規模な領地で、城は建設されておらず館しかない。大軍相手に抵抗できるような場所は存在していないので、プルレード郡を制圧したと言っても過言ではなかった。


 飛行船を利用した戦は予想以上の効果を発揮し、私たちは戦に無事勝利した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生貴族、鑑定スキルで成り上がる~弱小領地を受け継いだので、優秀な人材を増やしていたら、最強領地になってた~ 未来人A @abcddi23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ