第282話 初実戦

「うわー。相変わらず高いね〜」


 飛行船内。

 シャーロットが浮かれた様子で、下の景色を眺めていた。


「あんまりはしゃいで落ちんでくださいよ」


 そのシャーロットの様子をシンが注意する。


「子供じゃないんだから落ちるわけないじゃない。全く失礼なことを言うな」

「行動が子供っぽいねんアンタは!」


 シャーロットのマイペースな行動を見て、シンはハラハラしている様子だった。


「飛行船乗って初めての戦やのに、何でそんな緊張感がないんや……」

「緊張って。だってわたしは砦ついたら魔法を使うだけだし、あんまいつもと変わらないよね〜。むしろ、高いところからいい景色が見えるから、こっちの方が楽しいかも」

「まあ、アンタの仕事はいつもと変わらんからそうか……」


 シンはゲンナリとした表情を浮かべた。

 いつもは船造りを行なっているため、戦に出た経験などシンにはない。

 その上、飛行船の操縦に関しても実験で何度か飛ばしてはいたものの、長距離飛ばした経験はない。不安要素が多すぎて、精神的にだいぶ辛い状態だった。


 しかし、もっと優秀な飛行船を開発するには、戦で結果を残し投資額を増やしてもらわないといけない。


 嫌だからと言ってやめるわけにはいかなかった。


(ま、まあわしのやることは移動するだけや。この高さにおれば敵からの攻撃を喰らう心配もない……怖いのは……て、天候やな)


 悪天候のリスクだけはどうしても常にあった。

 小粒の雨が降るだけなら問題ないが、強風が吹いたりすると、一時的に陸に降りなければならない。

 落雷が発生したりした場合、船に雷が落ちたら火災が起きて燃えて駄目になる可能性もある。


 今のところ天気は清々しいほどの晴れ。

 だが、天気はいつ変わるか分からない。

 プルレード砦までは二日くらいで着く予定だ。

 天候に関しては何とか変わらないようにと、祈るしかなかった。


(今後は悪天候でも運用できるようにせんといかんなぁ。それと何とかして木以外の燃えにくい素材で造れれば、敵に燃やされて壊されるリスクも減るんやが)


 恐怖を感じるような状況でもシンは飛行船の改善案を考えていた。技術者としての性だった。


 それから二日後。


 シンの祈りが通じたのか、気候は安定しており、順調に飛び続けることができた。


「あれがプルレード砦か」


 シンは前方にある砦を見てそう言った。


 無事プルレード砦の近くまで辿り着いた。


 アルス達の軍勢は現在飛行船の後方を進軍している。飛行船が途中で抜いてしまった。


 元々飛行船が攻撃する際は、攻撃に巻き込まれないようにそれなりに離れた場所に布陣する予定だったので、少しくらいなら先行していても問題なかった。


 シンは予定通り飛行船を進める。


 砦に近づくと、プルレード砦の兵士も飛行船の存在に気づいたようだ。


 砦にある高い塔の最上階から、魔法で攻撃をしてきた。土属性の魔法だった。大きな岩が飛行船目がけて飛んでくる。


「おっと、撃ってきたよ」

「大丈夫や」


 シャーロットの言葉を聞くが、シンは余裕の表情だ。


 魔法は途中で重力に負け落下し始めた。岩は砦の前に落下する。


「全然届かないじゃん」

「この高度まで届く攻撃なんてあらへんはずや」


 その後、砦はバリスタという攻城兵器を使ってきた。矢を打ち出す兵器である。

 威力は魔法に比べると落ちるが、射程は長いので今でも使われることはある。


 魔法よりかは近くまで飛んできたものの、結果は同じく途中で失速して落ちていった。


「おー、これなら一方的に攻撃できんじゃん」


 感心したような表情を浮かべるシャーロット。


「これ君が造ったんだってね。凄いじゃん」

「な、ま、まあな。当たり前のことをいうな、わしは凄い!」


 素直にシャーロットに褒められ、シンはドヤ顔を浮かべていた。


 飛行船の移動を阻むものは何もなかった。

 悠々とプルレード砦の真上に位置どりを終えた。


 シンは乗組員に停止するよう命令。

 船は止まった。風によって自然に動いたりはする。今日は風があまり強くないので、ほとんど動いたりはしなかった。


 真上にきた飛行船目がけて、再び魔法攻撃を撃ってきた。

 もちろん届かない。

 岩は砦に落ちていき、途中で見えない壁に弾かれて砕け散った。

 対魔法の防壁だ。今のでダメージがはいってしまったはずである。


「ありゃー、無駄だからよせば良いのにね〜」

「呑気に敵の動きを見てる場合やないで。こっからはアンタの出番や。準備してくれ」

「ほーい」


 シャーロットは船の中に入って行く。

 船底に中型触媒機が設置してあり、そこまで移動した。


「目標が見えないんだけど、わたしは撃ってたらいいの?」

「ああ、こっちが合図を出したら魔法を発動するんや」

「了解〜」


 砦はかなり下にあるので、目標は結構小さく見える。


 キッチリ下を見ながら、シンは微調整を行う。風があまり吹いていない日なので、位置の調整は比較的しやすかった。


「撃ってみてくれ!」

「ほい」


 シャーロットが爆発魔法を放つ。

 船底から真下へと向かって、魔法が放たれた。

 一発でちょうど命中する。

 大爆発が発生した。

 思ったよりシャーロットの魔法は威力があり、一撃で上部の対魔法防壁を破壊。

 さらに、先ほど飛行船目がけて魔法を撃ってきた塔をついでに破壊した。


「おおー! 大成功や!」

「ええー? 見えないからいまいち達成感薄いな」

「とりあえずここから撃てば当たる。これだけ距離が離れていると、同じところから撃っても同じところには当たらんやろうし、とりあえずここからバシバシ撃ってや。ちょっとズレてきてたらまた止めるから、合図したら撃つのをやめるんやで」

「了解〜……」


 シャーロットは若干テンションが低そうだったが、指示には従い爆発魔法を次々に撃ち始めた。



 ○



「あの飛行船には攻撃が当たらないのか!?」


 プルレード砦。郡長のバースが上空に飛んできた飛行船を見て怒鳴り声を上げていた。


「た、高すぎて無理なようです……」

「そ、そんな馬鹿な話があるか。それじゃあ、一方的に攻撃されるぞ」


 狼狽えていると、その直後、爆発音が響き渡った。


「な、何だ!?」

「ひ、飛行船からの攻撃です! 恐らく爆発魔法!」

「な、ミ、ミーシアン特有の爆発魔法!?」

「真上の対魔法防壁が破壊され、第二魔法塔が崩壊しました!」

「な、何だと!?」


 家臣からの報告を聞き、バースは青ざめる。


「な、何とかしろ!?」

「な、何とかって……どうやって!?」


 未知の攻撃にバースも家臣達も慌てる以外できなかった。


 2回目、3回目と次々に爆発魔法が砦に降り注いでくる。


 全弾命中してはいないが、着実に砦が破壊されていっていた。


 次々に崩れ落ちる塔、防壁。

 それらをバースは天守キープから眺めていた。

 現実感のない光景を呆然と見つめる。呆然としている場合ではない。家臣に指示を送らないといけないのに、口は動かなかった。


 近くに爆発魔法が落ちてきて、爆発音が響いた。床が大きく揺れて、バースはよろめいて壁に手をつく。


「ク、クソ……!!」


 爆発の大きな音が、我を失いかけていたバースを現実に引き戻す。


「こ、ここも危険です! 逃げましょう!」


 近くにいた家臣が焦った様子で促した。


「逃げるって……ど、どこにだ!? 大体郡長の私が逃げてどうする! 指示を出さねば!」

「し、指示って! もうそんなの兵士は聞いてられないくらいパニックが起きてると思いますよ!」

「だからと言って逃げていいわけあるか! 魔法兵を呼べ! 音魔法で全軍に指示を出す!」

「呼べったって……」


 もう一発爆発魔法が近くに落ちて、爆音が響いた。先ほどのより近い位置に落ちている。


「くっ!?」

「ほ、ほら! もし、バース様が死んだらもうめちゃくちゃですよこの砦は! 立て直せなくなります! ここは危ないですから退避を!」

「ぐぬぬ……やむをえん。まあ、爆発魔法も永久に降ってくるわけではあるまいし、一旦逃げるのが上策か」


 バースは苦しげな表情を浮かべ、一旦逃げると決断した。家臣と一緒に階段を降りる。


「そもそも逃げると言ったが、どこに逃げる気なのだ?」

「そ、それは分かりません」

「お、おい! 分かりませんはないだろ!」


 家臣の発言を聞きバースは怒る。


「そうだ! 地下だ! 地下なら爆発を防げるかもしれない!」


 階段を降りている最中、地下通路の存在を思い付いた。

 プルレード砦が追い詰められた際、領主がこっそり抜け出せるように作っている通路である。


 もちろん抜け出すつもりはない。爆発を凌いだら、すぐに出て兵達に指示を送るつもりである。


 階段を降りて行くと、天守キープの屋根に向かって爆発魔法が落ちてきた。

 凄まじい轟音が頭上から鳴り響く。


 逃げていなければ今の一撃で即死していただろう。


 バースがホッとしたのも束の間だった。

 崩れた壁が頭上から落ちてきた。

 回避しようとすると、階段から足を踏み外す。


「バース様!」


 転倒して階段を転がっていき、頭を強打。

 バースの意識はそこで途絶えた。



 ○



 私はプルレード砦付近に陣取って、飛行船がどのくらいの戦果を上げるのかを見届けていた。


 あまり近くにいると爆発に巻き込まれかねないので、ある程度距離は空けている。と言っても見ることはできる位置にいた。


 飛行船は予想通りの性能を発揮する。

 敵の攻撃の届かない位置から一方的に爆撃をお見舞いしていた。思ったより精度も高く、全弾砦に命中しているわけではないが、ほとんど砦の何処かに当たっているようだ。


 飛行船は爆発魔法を撃ち終えて、動き始める。

 全て撃ち終わったら、味方兵が陣取っている場所まで移動するよう、事前に伝えてあった。


「敵の被害ですが……魔法塔は一本を残して全て破壊。天守キープも半壊状態。防壁も完全に壊せてはいませんが、崩れている箇所が何箇所かあるので、侵入するのは容易くなっております。人的な被害がどれだけ出たかは不明です」


 すぐには攻めず砦にどのくらい被害を与えられたかリーツが確認した。被害の度合いで攻め方を変える必要がある。

 今回は少なくとも、砦の防御機能はほとんど破壊できたようだ。天守キープも破壊したようだし、もしかすると敵の指揮官を仕留められたかもしれない。


「今なら敵はかなり混乱しているでしょうし、確実に砦を落とせます。アルス様、突入のご指示を」

「うむ」


 リーツに促された私は剣を掲げ、


「突入せよ!」


 大声で指示を出した。

 その指示を聞き、兵士たちが雄叫びをあげて、プルレード砦に突撃を開始した。

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