第281話 進軍

 クメール砦から飛行船を輸送するための進軍が始まった。


 途中、予想通りというか、敵の破壊工作を受けたが、全てシャドーとブラッハムが防ぎ切ったので、大きな支障はなく進軍が出来た。


 敵の密偵も場数は踏んでいるのだろうが、シャドーほどの力量を持つ者は、そうそういないようだ。


 大きな問題なく輸送を続け、無事砦へと輸送が成功した。


「おおー、すごい砦が出来てますね!」


 ブラッハムが到着するなり砦を見てそう言った。

 数日で作ったとは思えないほど、立派な砦だった。土魔法で作った砦なので、細部に難はあるのだが、即席の砦としては十分だった。


 私たちは砦に入って、上階へと登った。


「アルス様! ご無事で!」


 リーツが嬉しそうに出迎えてくれた。

 ほかにもミレーユやトーマスなど家臣達が揃っている。軍議を行なっているようだった。


「砦の作製ご苦労だった」

「いえいえ、もうちょっとちゃんとした砦を作っておきたかったんですけど」


 どうやらリーツは城の出来に満足していないようだ。かなり理想の高い男である。


「さて、飛行船も来たことだし、早めにどうやって攻めるか決めちゃおう」


 ミレーユがやる気を出した様子でそう言った。


「何だかいつもよりやる気あるな」


 基本ミレーユは飄々とした感じなので、自分で仕切ったりしないタイプだ。


「あ、気付いた? 他州を攻め落とすってなんかワクワクするじゃん」


 怖い笑みを浮かべてミレーユはそう言った。どうも守りの戦より攻めの戦の方が好きなようだ。野心が高い女だけある。


「お伝えしたと思いますが、まずは状況を説明します」


 リーツがそう言って状況の説明を行う。

 クラックスの丘に五千の兵が布陣しており、守りを固めている。砦の建築までは行なっていないが、低めの防壁や簡易な塔を作り、その上に中型触媒機を設置するなど、突破しづらそうな陣形を構えているようだ。


 オーロス城の兵士は特に動きなし。いつでも援軍に行けるように、戦の準備を整えているようである。


「クラックスの丘に布陣している兵に関してですが、飛行船を使って撃退するのも一つの手だと思います。いきなり飛行船を使われると、敵の陣形は崩れて有利に戦えるはずです。また、飛行船を使った戦闘訓練にもなります」

「最初はプルレード砦を陥とすのに使った方が、相手も情報なしだから成功率上がるんじゃないか?」


 私はリーツの作戦を聞いてそう尋ねた。


「知ったからと言ってすぐに対処法を思いつくとは限りませんし、まずは戦闘訓練を行う方が成功率は上がると思います」

「まあ、それはそうかもな……」


 よほど相手が有能でなければ、未知の兵器を使われた後、数日で対処法を思いつくことはできないだろう。


「うーん、俺はクラックスの丘の兵は倒さない方がいいと思うけどな」


 ロセルが発言する。


「なぜ?」

「俺たちが進軍しても、クラックスの兵達は進軍を阻んだりはしてこないよ。クラックスの丘は敵からすると堅守したい場所だろうから、一旦素通りを許すと思う。そして、こっちがプルレード砦を包囲し始めたら、オーロス城の兵と連携して、二方面から攻めて撃退する、って感じで来ると思う」

「ふむ……というかそれならクラックスの丘の兵を放置して進軍するのは不味いじゃないか」


 ロセルの話を聞き、リーツがそう言う。


「うん、だから無視はしない。兵を二手に分けて、クラックスの丘の兵を足止めする部隊と、プルレード砦を攻める部隊に分ける」

「足止め……どのくらいに分けるんだ?」

「一万七千で砦を攻めて、足止め部隊には八千かな。クラックスの丘の兵は倍の兵が道を塞いでることで、身動きが取れなくなる。もし降りて戦いを挑んできたら、その時は撃退すればいい。プルレード砦はクラックスの丘防衛に五千人出したせいで、砦内にはあまり数が残っていないはず。飛行船がうまくはまって、砦を無力化できれば、相当早く占領できると思いますよ」


 ロセルが作戦を説明した。


「クラックスの丘の兵を攻撃して、撤退されたら、兵がプルレード砦に戻っちまうからな。そうなると面倒になる」


 トーマスがそう言った。


「飛行船は砦の破壊は出来るかもだけど、中の兵まで殲滅するには積める魔力水が足りないからね。砦内に兵士が大勢残っていれば、占領まで時間がかかってオーロス城からの援軍が間に合ってしまう可能性があるね」


 ミレーユも意見を言った。


「しかし、クラックスの丘の兵士は撤退しますかな。堅守を命令されていると思いますが」

「飛行船という未知の攻撃を受ければ、どう反応するか分からないよ」


 マイカの意見にロセルが反論する。


「ま、確かに飛行船は野戦に向いてるかっていうと、微妙だしね。確かに防御陣形は崩せるけど、数は大きくは減らせないから、敵将がやりてなら、飛行船の攻撃が終わり次第、早めに陣形を立て直して、抗戦もしくは撤退を選択してくるだろうね。飛行船が攻撃している間は巻き込まれないよう、離れてないとまずいから、敵が態勢を立て直す時間を与えてしまうかもしれない」


 ミレーユは飛行船を野戦で使う際の欠陥を指摘した。

 たくさん使えるなら別だが、一隻だけだと野戦では劇的な効果はないのかもしれない。

 攻城戦だと砦の防御機能を破壊、もしくは弱体化出来るので、効果が大きいだろう。


「ふむ……確かに野戦で使うべきではないかもしれないな。プルレード砦攻略が初めての運用になってしまうのは少々気掛かりだけど……」


 リーツはロセルの作戦に賛成のようだ。


「坊主の作戦も一理あるが、飛行船が砦攻略でも思ったより使えなかった時のことを考えて、クラックスの丘は先に確保しておくのも良いとは思うがな」

「え、えーと、飛行船での作戦が失敗したら、一回撤退するしかないかと」


 トーマスの言葉にロセルはしどろもどろで返事をする。

 クラックスの丘は飛行船が使えない場合、戦略的には重要となる拠点だ。確保できるなら確保しておきたい。


「駄目だった時は、撤退した後でクラックスの丘を攻めれば良いじゃないの? 今回は飛行船が使えるって前提で動いたほうがアタシは良いと思うよ」


 ミレーユはロセルに賛成のようだ。


「……」


 トーマスはミレーユの言葉を聞き眉を顰める。

 その意見は一理はあると思ったが、嫌いな姉の言葉なので賛同したくないと思っての反応だろう。


 それから軍議を続け、ロセルの案で攻めることが決まった。


 軍議が終了後、戦の準備を固め私は兵達に出陣の指令を出した。


 まずは先頭にリーツ部隊が兵を率いて動く。

 そして、私の率いる部隊が後に続く。ロセルを副官、シャドーのファムを護衛に据えた状態で、私は兵を率いていた。多少戦場に出た経験があるとはいえ、一人だとまだまだ兵を率いれる力量は私にはない。ロセルは知識なら誰よりもあるので、的確な助言をくれる。一番良い逸材だった。


 リーツ部隊と、私の部隊はプルレード砦を陥とすための部隊である。ほかにもミレーユ隊、メイトロー傭兵団などが砦攻略に当たる。


 プルレード砦攻略部隊は前方に、後方にはクラックスの丘の兵を足止めする部隊が進軍している。


 クラックスの丘付近の街道に到着次第、敵軍を足止めするための陣を作成する。


 飛行船はまだ飛んでいない。

 普通に飛べば飛行船の方が進軍速度より速い。

 ゆっくり行って速度を合わせると、長時間の飛行を行うことになり、悪天候などでトラブルが起きるリスクが高くなる。

 飛行船を飛ばすのは、進軍開始して一日後を予定していた。


 砦には少数だが防衛のための兵が残っている。

 シャドーのファム以外のメンバーが防衛に当たったりもしていた。

 破壊工作も、輸送中より砦で堅守している時の方が行い辛いし、砦に敵が攻めてくることもないだろう。

 もし攻めてきたら、すぐに空に逃げれば壊すことは難しいので、大丈夫だろう。


 ちなみに飛行船に乗る魔法兵はシャーロットだけだ。

 やはり飛行船に乗せられる魔力水に限りがあると考えると、一番魔法の威力を高められるシャーロットだけが魔法を使うべきであった。

 ほかの魔法兵達は足止め部隊の方に参加する。隊長はムーシャに任せていた。彼女もだいぶ成長したし、隊長を任せても問題ない。

 積載した魔力水は全て爆発の魔力水だ。

 爆発の魔力水は高価な代物だが、カナレの景気が良くなったのでそれなりに仕入れることが出来ていた。


 プルレード砦の真上に飛行船を浮かべて、そこから爆発魔法を砦に向かって


 砦には魔法を防ぐための魔法障壁が張られている。プルレード砦にもあるだろうが、真上はどうしても障壁の強度が薄くなっている。

 全方向強度を高くすれば、魔力水が持たないので比較的守る必要性の薄い真上は強度が少なくなっているのだ。

 シャーロットの爆発魔法の威力なら、一、二撃で破壊出来るだろう。その後は、砦内に直接爆発魔法が降り注ぐことになるので、ひとたまりもないはずだ。


 私たちは順調に進軍を続ける。

 道中、予定通り足止め部隊を街道に残した。

 ちょうどそれと同じ時期くらいに、恐らく飛行船が出動しただろう。

 飛行船に何かあった場合は、すぐに報告が来るようになっているが来ていないので、多分順調に行っているはずだ。


 プルレード砦に向かって進軍を続けた。



 ○



 クラックスの丘。

 丘の防衛を任された武将である、ケルビム・クランパーはどう行動するべきか悩んでいた。


(敵は二手に分かれた。プルレード砦に向かう部隊とそれから、恐らく我々が援軍に向かえなくするための兵。数にして約八千……)


 数の上では負けているので野戦を挑むべきではないとケルビムは思っていた。


 もしかすると、兵を分けてくるかもしれないと、ケルビムは考えてはいたが、残った数が予想外だった。


 プルレード砦を陥とすのはそう簡単なことではない。なので足止め部隊に大軍は割けないと考えると、多くて三千人ほどになると思っており、足止めをしてきた場合は、その兵達を蹴散らして援軍に向かおうとケルビムは考えていた。


(だが、八千となると……下手に動けないし。下手に動いて、クラックスの丘を取られたら最悪だ……まあ、考えようによっては八千の兵をこちらに釘付けに出来ているということでもある。ここはプルレード砦の堅牢さを信じて、動かないのが正解か……兵糧もしばらくは持つし……)


 ケルビムはそう考えていた。


「飛行船が砦から飛び立ってプルレード砦へと向かったようです!」

「そ、そうか。一応破壊しようとしたが、守られてしまったか……しかし、飛行船か……」


 クラックスの丘を堅守し続けると決めたケルビムだったが、飛行船の存在に嫌な予感を感じずにはいられなかった。


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