第280話 輸送開始
「敵軍はクラックスの丘に布陣したようだ」
進軍中、敵軍の動きを掴んだクラマントがリーツにそう報告をした。
「クラックスの丘か……なるほど……ここに砦を造られると厄介だと思って、布陣したんだな。確かに敵から見ると、ここに城を造られれば、糧道を断ち切るのが難しくなり、オーロス城の防衛が厳しくなるのは間違いない。それを阻止しに来たのか。こちらの狙いは違うから、クラックスの丘を向こうが堅守して、ヘイネの丘の砦建造を見逃してくれるとありがたいが」
「クラックスの丘に敵が布陣している状況は少し厄介では? 進軍を阻まれる恐れがある」
「確かにそうだな……飛行船を飛ばして、相手の砦を破壊しても結局は地上から占領する必要はある。クラックスの丘に布陣した部隊を無視して、プルレード砦までの進軍は困難だ」
無視して進軍しても阻止してくる可能性もある。
「まあ、まずはヘイネの丘に砦を作ることが先決だ。連中をどうするかはそれから決めた方がいい」
リーツ達はそのままヘイネの丘を目指して進軍した。
数日後。
無事、ヘイネの丘に到着する。
その間、クラックスの丘に布陣した敵兵は動くことなく、丘の上で守りを固めていた。
砦を完成させたわけではないが、簡単な防壁などを作り始めていた。まだ完全に完成しているわけではないが、時間を与えるとクラックスの丘の守りはだいぶ固くなってしまうだろう。
それでも最初に決めた通り、リーツは砦造りを優先する。
丘の兵を排除するのは、思ったより時間がかかる可能性がある。兵の犠牲も出るだろう。
もし、進軍を始めて敵が阻止しに兵を動かせば、その方がカナレ側としては有利に戦える。
わざわざ丘にいる兵を攻撃するメリットは薄かった。
リーツは砦造りを指示する。
魔法兵達に土魔法を使ってもらい、防壁をまず作成した。
「ここに防壁を作ってくれ」
「了解〜」
シャーロットはリーツの指示で魔法を使い、防壁を作成していた。
一気に高い防壁が作成される。
普通はここまでの高さの防壁はできない。
シャーロットの魔法適性が高いためできる芸当だった。
同じ魔法でも、魔法適性が高い者が使えばより強力になる。
消費する魔力水の量はほかの魔法兵が使う量と一緒なので、かなり効率的でもある。
リーツは魔法兵達にも指示を飛ばしていく。
魔力水の消費効率だけを考えれば、シャーロットだけが魔法を使用すれば良いのだが、流石に一人だけで魔法を使うと砦の完成が遅くなってしまう。
今のところ土属性の魔力水はそれなりに保有していたので、今は魔力水の消耗を減らすより、完成スピードを優先するべきだとし、シャーロット以外の魔法兵にも作業を行なってもらっていた。
その後も砦造りを進める。
敵兵が砦の建設を邪魔しに来たりはしたが、全て簡単に退け作業速度を落とすことなく、砦の建築を進めていった。
開始から五日。
まだ完成とは行かないが、五日で作ったとは思えないくらい立派な砦になっていた。
飛行船が運び込まれるタイミングでは、完成しているだろうと思ったリーツはクメール砦に、砦完成の伝令を出した。
○
クメール砦。私はリーツ達の報告を待っていた。
リーツから何回か書状は送られてきた。
敵兵がクラックスの丘という場所に布陣したみたいだが、それを気にせず砦の作成を優先したようだ。
ロセルは飛行船さえ上手く運用できれば、クラックスの丘に布陣した敵兵はそう気にすることはないと言っていた。ただ、もし飛行船に何らかのトラブルが起きて使えなくなった場合は、面倒なことになりかねないらしい。
そして、砦完成の伝令が届いた。
「それでは飛行船を輸送する。護衛は任せたぞ」
「了解です! 任せてください!」
ブラッハム率いる精鋭部隊と、シャドーが飛行船の輸送を主に担当する。
私とロセルも一緒に行く。
ローベント家の主人として、プルレード砦へ侵攻を行うときは兵を率いるつもりだ。
飛行船と当主である私、同時に守る必要があるが、バラけて行ったらそれはそれで危ないので一緒に行くことになった。まあ、シャドーとブラッハム隊がいれば大丈夫だろう。
飛行船の操作にはシンが必要なので彼も同行する。
シンは私の家臣というわけではなく、戦に参加する義務もないのだが、今回ばかりは必要なのでお願いして来てもらった。
シンからしても、戦で活躍できれば、クランからの投資を得られる可能性が高くなるので、積極的に参加してくれた。
ただ、戦に参加するのは初めてなので、かなり緊張している様子である。
飛行船の操舵をちゃんと行えるか、少し心配だが、任せる以上信頼するしかない。
「それでは飛行船の輸送を開始する」
私は指示を出し、ヘイネの丘に出来た砦に向けて、飛行船の輸送を開始した。
○
「もう砦が完成しただと……?」
家臣からの報告を受け、プルレード郡長のバースは驚愕していた。厳密には完成はしていなかったが、外部から見れば立派な砦が建築されているようにしか見えなかった。
城造りに長けた人材がカナレにはいると思っていたが、それでもここまで早く築城が完了するとは思っていなかった。
「クラックスの丘の布陣は万全か?」
「はい。敵も攻め込んでくる様子はないようです」
「クラックスの丘は何とか死守するんだ。落とされたら、ここにも砦を造られてしまうぞ!」
ヘイネの丘に速攻で砦が建築されたのを見て、クラックスの丘が取られると不味いと思ったバースは、焦った表情でそう命令をした。
「もう一つ報告があるのですが、カナレは飛行船を輸送し始めたそうです。目的地は恐らく、ヘイネの丘に造った砦です」
「飛行船……か……」
バースは嫌な予感がしていた。
船のスペックはまだ分からないが、魔法の射程圏外の高さまで飛べるとは考えていなかったので、飛んできても撃ち落とせば良いと思っていた。
(だが、もし予想以上に性能が高ければ……?)
バースは冷や汗をかく。
「もしかすると、思ったより強力な兵器かもしれん。念のため破壊しておこう。木だし炎系の魔法を使えば燃やし尽くせるはずだ」
「了解しました。ただ、一つ気がかりなのが、飛行船の輸送の護衛にブラッハム隊がついています。カナレ兵の中でも、強兵のみを集めた精鋭部隊でかなり守りは固くなっているかと」
「ブラッハム隊……そこまでして運びたいのか……更に嫌な予感がしてきた」
強兵を護衛につけているということは、それだけ強力な兵器である可能性が高い。
「とにかく飛行船は破壊しさえすればいい。密偵達を集結させて、破壊工作に当たらせろ」
「承知しました」
バースは命令を出した。
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