第279話 出陣
時は流れ八月下旬。
晴れて15歳になったのだが、誕生日を祝っている状況ではなかった。
戦の準備を着実に進めていった。
そして、クランからの援軍がカナレ郡に到着した。
総勢一万五千人である。
一緒にメイトロー傭兵団もやってきていた。
前回一緒に戦った時に比べて、人員が増加している。また、団員の装備もより良くなっていた。
彼らはカナレ防衛戦でも良い仕事をしていたし、クランから多額の報酬を貰っていた。その金で装備の改良と人員の増強を行ったのだろう。
「今回の作戦は?」
援軍に来た直後、メイトロー傭兵団の団長であるクラマントは到着するなり、簡潔な質問をしてきた。
相変わらず無愛想な男だった。冷静沈着な男であるので、戦場ではかなり頼もしい存在ではある。
リーツが丁寧に作戦について説明する。
「待て、飛行船だと?」
飛行船について話をした時、流石のクラマントも少し驚いたような表情を浮かべていた。
「ええ、最近、開発に成功しました。戦でも十分に使える性能をしています」
「実戦に投入したことはないのか?」
「これが初めてです」
「本当に使えるのか?」
「僕はそう思っています」
リーツはその後、詳しい飛行船のスペックをクラマントに説明した。
「なるほど。確かに使えそうだな。カナレには強力な魔法兵もいる」
クラマントは飛行船の有用性を一瞬で理解したようだ。
「これは戦とは関係ない話であるが、その飛行船を俺たちメイトロー傭兵団に売ってもらうことは可能か?」
「え?」
予想外の質問に私は戸惑う。
「金は割と持っている」
「えーと、いや、まだ一台しかないから売るのは難しい」
「そうか。何台か完成したら一台買い取りたい」
「……わかった。考えておこう」
突然始まった商談に戸惑いながら私は返事をした。
その後、リーツが作戦の説明を再開する。
「俺たちの役割は砦建築を阻止しにくる敵を迎え撃つことだな。了解した」
すぐに役割を理解したようだ。
彼は有能な人物なので、仕事はしっかりと果たしてくれるだろう。
説明を完了した後、すぐに私は出陣の命令を出した。
今回のカナレ侵攻は、ミーシアンを攻め込んでいるサイツ軍を撤退させるために行うものだ。
現在、ルンド郡が敵軍に攻撃を受けて、戦況は厳しいらしい。なるべく早いうちにサイツに攻め入らなければ、クランが苦境に立たされる恐れがある。
悠長に構えている時間はなかった。
プルレード砦攻略戦が始まった。
○
リーツは当初の予定通り、兵を率いて築城へと向かっていた。
今回アルスは前線には出ず、クメール砦で待機している。全軍の指揮はリーツに任されていた。
ミレーユ、トーマス、シャーロットもそれぞれ部隊を率いて参戦している。
ロセルはアルスと同じくクメール砦に残って後方からの指示を行う。
また、シャドーとブラッハム隊は輸送をすぐに行うため、クメール砦に飛行船を運び込み待機していた。
当然、クラマントがメイトロー傭兵団を率いて参戦していた。
また、リクヤ達も少数だが部隊を率いていた。ローベント家に加入してから初めて、本格的な戦を経験することになる。ただ、リクヤたちは元々いくつかの修羅場をくぐり抜けて、サマフォース帝国へとやってきている。思ったより落ち着いた様子だった。
その他、援軍として兵を連れてきた他郡の貴族達も兵を率いている。マルカ人のリーツが兵を率いている事に内心不満を持っている者はいそうだが、現状では特に反抗する様子はなかった。クランの命令で援軍に来たので、足並みを乱す真似をして敗北でもしたら、クランからの評価が大幅に落ちる事になる。場合によっては領地を失う可能性もあるので、不満があれど貴族達は従うしかなかった。
リーツが目指している場所は、プルレード砦とクメール砦の丁度中間くらいの位置に存在しているヘイネの丘である。
この丘の上に急造の砦を作る。
丘の上ならば、急造で作った砦でもそう簡単には攻め落とせない。絶好の場所といっても良かった。
進軍開始して数日後。
「敵軍はまだ動いていないようだ」
クラマントがリーツに報告をした。
進軍しながら敵の動きももちろん探っているのだが、今回はいつも斥候役を任せているシャドーが飛行船輸送係に配属しているので使えない。
メイトロー傭兵団にはシャドーほどではないが優秀な斥候役がいるので、情報収集を任せていた。
「こちらが進軍を開始したことは流石に掴んでいるはずだ……砦に籠って迎え撃つつもりか? それなら好都合だ」
リーツはそう分析する。
プルレード砦は堅牢な砦だ。下手に外に出ず、籠城戦を行うというのも選択の一つとしてはあり得る。
砦造りを始めると阻止に動いて来る可能性もある。しかし、砦を作り出してから、阻止に動いたのでは遅い。土魔法を使った築城は思ったより早く終わる。それこそ最低限の砦でいいのなら、一日で作り終えることも可能だ。
今回はある程度堅牢な砦を作るつもりなので、もう少し時間はかかるが、それでも三日ほどで終わるだろう。
作り始めてから阻止しに行ったのでは、時間的に間に合わない。
「さて、このまま敵が籠城してくれれば助かるが……」
○
サイツ州、プルレード砦。
「カナレからの侵攻……ど、どうすれば……」
プルレード郡の郡長、バース・ミクニスアはどう動けばいいか悩んでいた。
前回のカナレ侵攻では、ボロッツが指揮を取っていたが、今回彼はミーシアン攻略戦に参加しているのでプルレード砦にはいない。
そのため郡長であるバースが防衛の指揮を取っていた。
「籠城しましょう! いかにカナレの兵が強兵揃いとはいえ、プルレード砦を落とすことはできません!」
「そうです! 下手に兵を動かしたら、大勢兵を失ってしまう可能性もあります! プルレード砦の堅牢さを信じるべきです!」
「ううむ……」
家臣達の言葉を聞いてバースも籠城を続けようと思ったが、本当にそうすべきか悩んでいた。
「他郡から援軍はどのくらい来れるのだ?」
「動かせる兵はほとんど動かしているみたいなので、援軍は来てくれないと考えた方が良いかと。来たとしても少数です」
「なるほど……まあ、オーロス城とうまく連携すれば、そう簡単にこのプルレード砦が陥落しないとは思うが……しかし、相手はあのカナレだ……プルレードなら現状戦力で十分防衛可能と、総督様も攻めさせている戦力を戻すつもりはなさそうだし……」
バースは前回の戦がかなりトラウマになっているようだった。
「飛行船とやらを開発してそれをクメール砦に運び込んだという情報がありますが……」
「飛行船か……魔法で飛ぶんだろ? 脅威ではあるだろうが、まだ開発した直後なのでそこまでの力があるとは思えないし、放っておけば良いだろ」
「まあ、それなりに大きいですし、浮いていても魔法で撃ち落とせば良いだけですからね」
飛行船が存在しておりそれをカナレが使いそうだという情報は掴んでいたが、あまり脅威であるとは感じでいなかった。
「敵はどう動くだろうか? やはりまずはオーロス城を陥としにくると考えるべきか?」
「その可能性が高いでしょうが……そう来たら、敵の兵站を断ち切り孤立させた後、兵を出撃させてオーロス城の兵士と挟撃する形を取ればカナレ兵はひとたまりもないでしょう」
「うむ……確かにその通りだが……待て、もしも我々が籠城して出陣しないことを見越して、砦を何処かに建造されたらどうする? 例えばこのヘイネの丘とか。もしくはもっと近くのクラックスの丘辺りに砦を立てられたら、兵站を断ち切るのは難しくなってしまうぞ」
「た、確かに……」
バースの言葉は家臣達には予想外だったようで、反論の言葉に詰まっていた。
「しかし、そう簡単に砦など作れますか?」
「そうです。土魔法を使っても実際簡単に砦など作れません。相手に築城のスペシャリストがいない限りは不可能です」
「おい、相手はカナレだぞ! 人材の宝庫だ。砦造りに長けた人材くらいいてもおかしくはないだろ」
「う……」
カナレの特徴を知っている家臣達は押し黙った。
「まずはこのクラックスの丘に兵を布陣させる。ここに砦を造られたら、勝ち目が薄くなってしまう」
「ヘイネの丘はどうします?」
「そうだな……今の進軍ペース的に、敵軍が先についてしまうだろう。まずはクラックスの丘を確保して、砦の建築に入り出したら、それを阻止するために兵を出す。ヘイネの丘に砦を造られても痛いは痛いが、クラックスの丘に造られるほど痛くはない。そこまで無理して阻止しなくてもいいだろう」
「そうですね……」
「よし、それでは早速出陣の準備をするんだ!」
バースは家臣にそう指示を出した。
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